A-LABO INDEX

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ジェンドエンジニアの声

セントラルエンジニアリンググループがお届けする
~エンジニアのためのラジオ番組~
“A-LABO INDEX” 

このページでは、番組にご登場いただいた、
著名なエンジニアたちの生の声や、
様々な最先端技術の誕生秘話などをお聞きいただけます。

GUEST

   

 

 線虫がん検査でがん早期発見 

 

HIROTSUバイオサイエンス

  広津 崇亮

  •  
  • 1972年 山口県生まれ。 1991年 私立東大寺学園卒業後、東京大学理学部生物学科に進み、1995年に 卒業。
    その後、東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 修士課程を修了した1997 年、サントリー株式会社に入社。
    翌年退社し、東京大学大学院理学系研究科にて生物化学博士課程を専攻、線虫の嗅覚 に関する研究を開始。
    在学中の2000年3月に、線虫の匂いに対する嗜好性を解析した論文がイギリスの 科学雑誌「ネイチャー」に掲載。
    理学博士となった2001年には、日本学術振興会 東京大学遺伝子実験施設 特別研 究員に。
    2004年 京都大学大学院生命科学研究科 ポスドク研究員、2005年 九州大学大学院理学研究院生物科学部門 助教などを経て 2016年 株式会社HIROTSUバイオサイエンスを設立。代表取締役に就任。
    2018年からは、オーストラリアのクイーンズランド工科大学で招聘准教授を務める。
    これまでに、井上研究奨励賞、中山賞奨励賞、ナイスステップな研究者などを受賞。
    広津さんが一貫して研究対象としているのは、線虫という生物。
    広津さんは、長年の基礎研究を経て“がん患者か健常者かを、尿一滴で見分けるこ と”を発見し、 このことを利用した新しいがん検査を開発、2020年1月に実用化。
    線虫との出会い、実用化までの話、そして、線虫のがん検査の今後の展開は?

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 次世代ボディコンディショニング「ラクリス」の開発 

 

医師・薬剤師・医学博士
医療法人社団 聡叡会 あすかクリニック 理事長

  織田 聡

  •  
  • 岐阜県出身。 富山医科薬科大学薬学部薬科学科卒業、富山医科薬科大学医学部医学科卒業。 アリゾナ大学統合医療アソシエートフェローシッププログラム修了 富山大学大学院医学薬学教育部・博士課程・東西統合医学専攻を修了。 日本型統合医療を提唱。西洋医学と種々の補完医療との連携を目指す。 医師・薬剤師・医学博士のほかに、日本内科学会認定医、日本東洋医学会専門医(漢方専門医) 日本統合医療学会認定医。そして、僧侶でもある。 世界初の4D筋膜高速リリースシステム=OmmniMUCs(オムニマックス)を考案。 ラクリスの開発に尽力する。

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 卓球台公式サプライヤーを務める 

 

株式会社三英 代表取締役社長

  三浦 慎

  •  
  • 1940年に広葉樹材専門業社として創業した松田木材店が卓球台の販売会社として1962年に現在の株式会社三英の前身となる有限会社三英商会を設立し遊器具製造事業、公園施設事業を展開。1991年に世界卓球選手権大会公式用具スポンサーに認定された事を皮切りに卓球台の製造部門を強化。日本の頂点を目指す全日本卓球選手権大会では、1974年から46年間連続して公式サプライヤーを務めている。
    最近では、2017年芸術的な卓球台「インフィニティー」の制作を受けて、「千葉県優秀企業経営者表彰」で「知事賞、最優秀社長賞」を受賞。 また「第22回 千葉元気印企業大賞」では優秀製品・サービス賞を受賞されている。

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 ゲーム「テトテ×コネクト」で注目を集める 

 

株式会社タイトー 制作プロデューサー

  手塚 忠孝

  •  
  • 1971年 千葉県市原市出身の49歳。 学生時代からパソコンゲームを作ったり、部活の映画研究会で脚本を書いたりするうちに ゲームプランナーやゲームプロデューサーを目指すようになる。 国立木更津工業高等専門学校で電子制御工学を専攻。卒業後、ゲームを作る世界に入り、 株式会社タイトーに入社後は、ゲームプランナーからスタートし、 ディレクター、プロジェクトマネージャーを歴任。 2020年秋、稼働開始予定のアーケードゲーム「テトテ×コネクト」で初プロデューサーを務める。「ジャパンアミューズメントエキスポ2020」で、注目度が高かった「テトテ×コネクト」とはどんなゲームなのか?

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 日の丸のみならず、あらゆる旗を製造する会社 

 

東京製旗株式会社 代表取締役社長

  小林 達夫

  •  
  • 1956年、東京の下町、墨田区出身。幼少期は家業である国旗や旗製造の町工場。 1980年、早稲田大学商学部卒業後、株式会社リコーに入社。オフィス機器の生産工場でものづくりを体験し、本社で財務部に配属。1990年、祖父の代からの家業である東京製旗株式会社に入社。 1993年に、専務取締役となり、2005年から現職の代表取締役社長に就任。 旗の企画や販売を主体に業務に携わる。 東京製旗株式会社では、現在、世界の国旗、日の丸、社旗、優勝旗、クラブ旗、校旗、チーム旗、応援旗など、数多くの種類の旗を製造している。

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 「顔認証システム」の最先端 

 

株式会社 no new folk studio CEO/Founder

  菊川 裕也

  •  
  • 1985年、鳥取県出身。一橋大学 商学部 経営学科から首都大学東京大学院の芸術工学研究科へ。電子楽器のインターフェース研究に取り組み、靴のスマート化に着目。 スペインへの留学時「Music Hack Day Barcelona」で既成の靴にLEDと運度センサー、音声モジュールを張り付けたプロトタイプを履いて演奏し話題に。 帰国後、2014年10月にno new folk studioを設立。 LED、センサーBluetoothモジュールが内蔵されたスマートフットウェア「Orphe」を開発・販売。アジアデジタルアート大賞優秀賞、Music Hack Day Barcelona Sonar 賞など、多数、受賞。 そんな中「Orphe」はエンタメからスポーツに特化したランニングフォームを分析し、誰もが簡単によりよい走りの実現できる「スマートフットウェア」「ORPHE TRACK」へと進化を遂げる。

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 「顔認証システム」の最先端 

 

グローリー株式会社 国内事業本部 販売企画統括部 生体・画像認識販売企画一部 部長 

  越智 康雄

  •  
  • グローリー株式会社の前身「国栄機械製作所」が現在の兵庫県姫路市で創業されたのが1918年のこと。 電球の製造装置を修理する工場として事業をスタートさせた。縁があって大阪造幣局から硬貨計数機の制作を依頼され、 その後、硬貨自動包装機、千円紙幣両替機、たばこ販売など、次々と、国産第一号製品を開発し、日本における通貨処理機の リーディングカンパニーとしての地位を確立。その技術の要になっているのが、硬貨や紙幣などを正確に見分ける「認識・識別技術」と硬貨や紙幣を1枚ずつ正確かつ高速に処理する「メカトロ技術」。 このうち「認識・識別技術」を進化させたのが、人の“顔”をカギとして、 施設のセキュリティー性と利便性を向上させる「顔認証システム」 「顔認証システム」の「2020年の技術」とは?

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 日本のサポーターのトップ企業 

 

日本シグマックス株式会社 商品企画開発部

  五十嵐 匡平

  •  
  • 1984年、新潟県出身。千葉大学の大学院では工学研究科デザイン科学を専攻。 日本シグマックス株式会社に入社。 現在は、商品企画開発部でサポーターの開発に従事。 スポーツ向けのサポート・ケア製品のブランド「ザムスト」の研究開発をする部署に所属し、 あらゆる部位のサポーターの製作に関わり、「ザムスト フィルミスタアンクル」で世界最大級のスポーツ見本市、 ISPO AWARD 2015に輝き、「ザムスト フットクラストスタンダード」では、2017年度グッドデザイン賞を受賞している。

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 今ボードゲームの世界が熱い 

 

ボードゲームゲームデザイナー、ゲームプロデューサー

ドロッセルマイヤーズ 

  渡辺 範明

  •  
  • 1978年生まれ。横浜国立大学 工学部 建築学科を卒業。 大学卒業後、2002年 株式会社エニックスに入社。エニックスに入社後、アシスタントプロデューサーを経て ゲームプロデューサーになり、オンラインRPG『クロスゲート』、続編『コンチェルトゲート』などを運営。 2011年 スクウェア・エニックスを退職し独立。株式会社ドロッセルマイヤー商會を設立。 ボードゲーム、カードゲームなどのアナログゲームを中心に制作をおこなう。 ボードゲーム制作ワークショップの運営も。 最新作は、地球を揺るがす未曾有の連作ボードゲーム・シリーズ Kaiju on the Earth:https://kaijuontheearth.com/

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 「天空のペンギン」などをプロデュース 

 

水族館プロデューサー 

  中村 元

  •  
  • 1956年三重県出身。1980年成城大学経済学部マーケティング専攻を卒業。メディア関係の仕事に就きたいと教科書を作る会社に入った後、「水族館も見せて伝えるメディア」と考え、地元の鳥羽水族館に転職。水族館としては日本で初の広報担当になる。

  • ビデオカメラでイルカの出産シーンを撮影しテレビ局に提供したところ、過去にその瞬間を撮影した記録がないため、世界初と国内外で反響を呼ぶなど、水族館職員にとっては日常のよくある光景の多くが、中村氏により貴重映像となった。テレビ番組「わくわく動物ランド」の初期に放映された水族館の映像はほとんど中村氏が撮影したものである。その後副館長であった2002年に鳥羽水族館を退社し日本初の「水族館プロデューサー」となる。

  • 屋根もなく、使える水量も限られた屋上に「天空のペンギン」を展示したサンシャイン水族館、低予算・淡水魚だけが生息の極寒地・寂れた温泉地・周辺人口はほとんどいない山間の僻地等の全ての弱みを武器に展示を開発した北の大地水族館など次々と新しい水族館ができあがっている。

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 砂と粘土を駆使した映像表現を手がけるクリエイター 

 

サンドアート集団SILT代表 

  船本 恵太

  •  
  • 1973年生まれ。父親は、自作のレコードを誰でも作れる録音スタジオ「音のメルヘン屋」を創立し、日本インディーズ音楽界に多大な影響を与えた、故・三木宏。1992年「音のメルヘン屋」に入社し、グラフィックデザイナーとしてCDジャケットのデザインを350点以上手掛ける。

  • 2003年より、人形を用いてコマ撮り撮影する「人形アニメーション」の作品を制作し、2005年からは柔らかい粘土を用いて形を変形させながらコマ撮り撮影する「クレイアニメーション」の監督として、CMやテレビ番組など多数の作品を制作。

  • その後2012年に、サンドアート集団SILT(シルト)を結成。数多くの音楽アーティストのミュージックビデオにサンドアートを提供、また、船本氏自身、実際に、たくさんの人の前で砂絵を描く、砂絵のライブを開催している。砂の量で濃淡をつけ描いた絵の、表情、背景などを変えて物語を進めるが、砂のため後に残しておくことはできず、必ず消すことになる。20時間かけた絵、8時間かけた絵も、1秒で消したという。その無常観を感じて楽しむことがサンドアートの魅力である。

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 コマ取りアニメ・ジオラマ・トリックアートアーティスト 

 

株式会社モズスタジオ 代表取締役社長 

  水越 清貴

  •  
  • 1998年生まれ。保育園の頃から絵が得意な父親と絵手紙をしたり、一緒に絵を描くなどして育ち、小学生の時はガンダムシリーズのプラモデル作成に熱中する。中学の授業中にノートに描いたリアルな三角定規の絵が「本物にしか見えない!」と学校中で話題となり、高校は芸術系のコースのある東京都立総合芸術高等学校に進学。

  • 高校2年の時、自分の部屋の壁、窓、机、本棚、そして窓から見える風景までもミニチュアでそっくりに再現した作品「自分の部屋」を友人がツイートしたところ瞬く間に拡散し、1日で5万いいね、4万リツイートを記録。テレビの取材なども受け多くの反響を呼んだ。同年制作したミニチュア作品のコマ取りアニメが、アジア最大級の短編映画祭「デジコン6」で、ジャパン・ユース部門の最優秀賞ゴールドを受賞。

  • 高校卒業後は、コマ取りアニメ・ジオラマ・トリックアートという3部門でマルチアーティストとして活躍中。2017年には著名な映画監督であるウェスアンダーソン氏のもと、イギリスでストップモーションアニメ「犬ケ島」の制作に参加したほか、「自分の部屋」以降に作成した様々なミニチュア作品をまとめた書籍「MOZU 超絶精密ジオラマワーク」を出版。

  • その後さらに出版したトリックアート作品集「NOUTO」は、大学ノートのような装丁の表紙にも内容にも、トリックが仕掛けられている。消しカスがついているとしか見えないが、実はそっくりに描かれたものなど、遊び心たっぷりな30の作品が収められており、その中には、きっかけとなった中学の時のリアルな三角定規も掲載されている。

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 『シェンムーⅢ』世界同時発売 

 

株式会社YS NET 代表取締役 

  鈴木 裕

  •  
  • 1958年生まれ、岡山理科大学理工学部電子理学科卒業。学生時代は3D建築の研究室に在籍していた。1983年セガ・エンタープライゼス入社。入社1年目でアクションゲーム『チャンピオンボクシング』の製作プロジェクトリーダーに抜擢され成功を収め、翌年には世界初の体感ゲームといわれる「HANG-ON(ハングオン)」を制作。バイク型の筐体に乗ってレースを疑似体験し、スコアを競うものであった。皆がテーブルの画面を見下ろして興じ、暗い印象があった当時のゲームセンターに、体感ゲームが入ったことで新しいユーザー層を開拓し、業界に健全な印象をもたらした。

  • その後1993年世界初の3D格闘アーケードゲーム『バーチャファイター』を制作、立体的な動きが斬新で、世間に強いインパクトを残す。シリーズ化され社会現象となり、セガの看板かつ鈴木氏自身の代表作となった。「1998コンピュータワールド・スミソニアン・アワード」を受賞し、日本ゲーム業界初の「情報・技術イノベーション 常設研究コレクション」に認定され、関係映像と資料が、スミソニアン総合博物館の国立アメリカ歴史的博物館に永久保存されている。

  • 鈴木氏はまたディレクターとして、1999年にドリームキャストのアクションアドベンチャーゲーム『シェンムー 一章 横須賀』、2001年にシリーズ2作目『シェンムーⅡ』を発売。舞台となる仮想空間を自由に動きまわる「オープンワールドゲーム」というジャンルの元祖と呼ばれている。1作目からちょうど20年を経た2019年末、3作目『シェンムーⅢ』が世界同時発売された。鈴木氏は、2008年株式会社YsNetを設立し、現在セガの顧問であるが属してはいないので、新しいチームを作り、クラウドファンディングで資金を募り作り上げた作品である。好評を博し、往年のファンと新しいファンがシェンムーの新たな世界に魅了されている。

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 常に変化し続けるクリエイティブ集団「ネイキッド」 

 

株式会社ネイキッド ディレクター 

  川坂 翔

  •  
  • 株式会社ネイキッドは、1997年、代表の松村亮太郎氏を中心に、映像ディレクター、デザイナー、CGディレクター、ライターなどが集まり設立されたクリエイティブカンパニー。メディアやジャンルを問わず、映画、広告、TV、インスタレーション(=オブジェや装置を置いた空間全体を作品とするもの)など、多方面でクリエイティブ活動を続ける。また、近年はプロジェクションマッピングをはじめとした様々な技術や、美術造作、演出を組み合わせた空間演出を手掛けている。英語で「裸」を意味するネイキッドという社名は、様々な服を着ることで変化が生まれることに準えており、柔軟なクリエイティブ集団を目指す。

  • 同社を一躍有名にしたのが、2012年東京駅の壁面にプロジェクションマッピングを投影した作品である。このイベントは3日間行われるはずだったが、人が集まりすぎてしまい危険と判断され、2日目で中止になった。また、石原さとみの衣服から数々の花が出現して舞い、柔軟剤の香りの広がりを視覚で表現しているCMも同社が手掛けたものである。CGではなくプロジェクションマッピングを使用することで、より柔軟剤の効果をイメージで感じられる。また実際の撮影時に投影された空間で演技ができるというメリットもある。

  • 他に、代々木公園にあるレストラン「TREE」での食と映像を融合させた演出、昨年横浜で開催された、“生命”をテーマにした「OCEAN BY NAKED ~ 光の深海展」での、上下左右すべての方向に幻想的な海の世界が広がる中で、クラゲや珍しい深海生物などの本当の生命を感じる演出、「ハイパー縁日」という射的やヨーヨーを映像化したイベント、イルカショーで実際の水柱をスクリーンにした公演など多数の実績がある。数年前までは映像は「フレーム」からはみ出すことがなかったが、現在は「フレーム」にとらわれる必要がなくなったことにより、さまざまな形に変化したものが生み出されている。

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 アナログ盤レコードの復活 

ソニー・ミュージックスタジオ チーフプロデューサー レコーディング&マスタリングエンジニア 

  鈴木 浩二

  • 1962年生まれ、1985年CBS・ソニー入社。レコーディングエンジニア、マスタリングエンジニアとして特にジャズ・クラシックなどのアコースティックを中心とした作品で高い評価を得ている。近年では松田聖子・尾崎豊などのハイレゾマスタリングにおいても注目を集め、現在はクラシックのホール録音やジャズ・ミュージカル等のレコーディングからマスタリングまでをソニー・ミュージックスタジオ チーフプロデューサーとして行っている。「日本プロ音楽録音賞」においては数多くの受賞作品を創出している。

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ソニー・ミュージックスタジオ マスタリング&カッティングエンジニア 

  堀内 寿哉

  •  
  • 1968年生まれ。幼少時代から音楽に触れ、大学在学中に「エンジニアになりたい」と思い、ソニーミュージック信濃町スタジオにてアルバイトとしてキャリアをスタートした。その後、マスタリングエンジニアとして、ゲームミュージックからジャズ、ロック、ポップス、クラブミュージックまでの幅広いジャンルの作品を手掛けている。MD、着うた等プロジェクトの立ち上げの経験が評価され、2017年、約29年ぶりのアナログレコード自社一貫生産のために新設された部門にてカッティングエンジニアに抜擢された。

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    お二人に共通するマスタリングエンジニアとは、レコーディングされた音源を発売される商品メディア(CDなど)に合わせる音響技術者である。同じCDに収録される曲であっても録音時の担当者や機材により音圧・音量・音質が異なるためその調整や、アーティストの意向を汲んでCD全体を通して物語のように起承転結をつける作業を行う。
    堀内氏のカッティングエンジニアとは、レコード盤の元になる『ラッカー盤』を制作する作業のことで、湿度・気温の影響を考慮しつつ溝を彫る繊細な作業で、習得するのに3年かかるといわれている。同社において29年というブランクがあるが、当時現役だったエンジニアが現在も在籍しており、またOBにも教わることができるため、技術の継承が行われている。

  • 同社アナログレコードの自社一貫生産の第一弾として、ビリー・ジョエルの「ニューヨーク52番街」と、大瀧詠一作品集Vol.3の「夢で逢えたら」が選ばれた。これは1982年に初めてCDとしてリリースされた作品である。レコード盤は内周にいくほどカーブが大きく音圧に弱い。その特性に沿った優しい静かな曲を入れるので、CDとは趣の異なる作品が出来上がる。若い世代にとって新しいメディアとなるアナログ盤を支える技術は奥深く、またレコードに継承されたことを喜ぶ往年ファンも多い。

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 人を幸せにする「スマートハウス」を推進 

神奈川工科大学 創造工学部 ホームエレクトロニクス開発学科 教授 

スマートハウス研究センター所長

  一色 正男

  •  
  • 1982年東京工業大学理工学研究科修士を修了後、東芝の富士工場に家電技術研究所所員として勤務。エアコンの室外機、室内機に関する騒音振動の低減技術を研究し、多数の製品を開発、また多くの特許を取得した。その後、企業人として東京農工大学大学院へ入学し、工学部博士後期課程修了。そして、世界初の東芝スマートハウスサービスの事業を立ち上げる。2009年慶應大学特任教授へ転身。2012年からは神奈川工科大学教授に着任し、世界に一つしかない『家電』を学ぶホームエレクトロニクス開発学科で教鞭をとっている。現在、スマートハウス研究センター所長のほか、ECHONET(エコーネット)コンソーシアムではフェローに就任。

  • 2011年、震災後に電力不足が生じ計画停電が行われた。このことが発端となり、省エネを目的としたスマートハウス標準化検討会が経済産業省を中心に立ち上げられた。座長の一色氏は2012年夏までに省エネ家電の開発が間に合うよう、IoT規格の方針と、国内全ての家電をIoT化するということを即断した。この論議の中で、世界中にある40種類ほどの通信規格を調べ、標準の通信プロトコルとして『ECHONET Lite』を採択。国際規格のため世界中で使用でき、オープンであることでベンチャー企業が参入しやすく、どのような家電にも実装しやすいことがメリットである。

  • 一方、スマートハウスでIoT家電を使用するためには、発電のための太陽光パネル、そして余った電気を貯めておく蓄電池が必要である。この発電と蓄電を管理し、電力の需要と供給を可視化するシステムをHEMS(ホームエネルギーマネージメントシステム)という。蓄電池としては大容量のバッテリーを搭載しているEV車が適しているとされるため、家電メーカーだけでなく、電力会社、通信業者、自動車業界などすべてを標準化しなければならない。一色氏はHEMS認証支援センター長としてその道筋をつくった。

  • 一色氏はスマートハウスを「省エネと生活を豊かにすることの両立を目指した家」と定義し、人々を幸せにするスマートハウスが世界中にあふれることをイメージしている。

 

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 世界74言語に対応『ポケトーク』を開発 

株式会社ソースネクスト 

代表取締役社長

  松田 憲幸

  •  
  • 1965年兵庫県生まれ、大阪府立大学工学部数理工学科卒業。日本IBMに入社し、金融機関のメインフレームと呼ばれる大型コンピュータから小型コンピュータに至るまで、システム構築、アプリケーション設計、コーディングなど、エンジニアとして幅広く業務を経験した。入社4年目に独立を決意し、1996年8月、現在のソースネクスト社の前身である株式会社ソースを創業。その後現社名へ変更し、2008年東証一部上場を果たす。現在同社は2017年に発売したAI通訳機「ポケトーク」が累計出荷台数50万台を突破し注目を浴びている。

  • 同社には、ブラインドタッチを身に着けることができるタイピング練習ソフト「特打」、パソコンの処理を速くするソフト「驚速」、更新料がかからないウイルスセキュリティソフト「ウイルスセキュリティ ZERO」等、創業当初からベストセラーが多くあり、現在まで累計5000万本以上のソフトウェアを販売している。これは大半の製品の販売額を1980円に統一したことで、家電量販店に同社のソフト専用の販売コーナーが作られ、また、書店やコンビニでも販売され、多くの支持につながった。

  • AI通訳機「ポケトーク」は、世界74言語に対応しており、手のひらサイズの本体に話しかけると、その場で翻訳された音声が再生される。翻訳エンジンは端末ではなくクラウド上にあるため、従来のオフラインの翻訳機にはない高度な処理を実現している。また、133の国や地域でモバイル通信ができるグローバルSIMを内蔵しているため、旅行先ごとに買い直したり設定を変えたりする必要がない。日本経済新聞社「2018年日経優秀製品・サービス賞 最優秀賞 日本経済新聞賞」を受賞。新機能を追加した機種の発売予定もある。

  • 松田氏自身は、IT企業で成功している企業はすべてシリコンバレーにあることから、会社のビジョンである“世界一エキサイティングな企業を目指す”ために2012年9月からシリコンバレーに移住している。実際に、シリコンバレーでは様々な国の人に出会い刺激を受け、そこからビジネスが生まれ、「ポケトーク」を始めとする製品の開発に繋がっている。

 

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 未来の食品のカギを握る

アサヒグループ食品株式会社 食品マーケティング部

副課長

  片山 健一

担当課長

  鈴木 章子

  •  
  • 片山 健一氏
     1977年、岡山県倉敷市児島出身。香川大学生物資源科学科で、稲の光合成に関する遺伝子の研究を専攻。その後アサヒグループ食品株式会社にて、食品の製造現場、品質管理、開発を経て、マーケティング部在籍6年目。
     片山氏の企画・開発チームは、フリーズドライ食品のヒット・話題商品を次々と生み出している。また現在、通販向けの商品企画パートを担当し、特に、フリーズドライ食品の期間限定の商品などの企画をするチームのリーダーである。
     フリーズドライ化する過程では、それぞれの素材に対し異なる凍結・乾燥の方法を試み、最適な方法を追究している。その技術力が実を結び、難しいと言われた「揚げ物(かつ丼・カツカレー等)」のフリーズドライ化に成功し販売。売り切れが続出し好評を博している。

  • 鈴木 章子氏
     1971年、神奈川県横浜市出身。幼少時代から、食べることや料理することなど、「食」にまつわる分野に興味を持ち、大学は食物学部卒業。管理栄養士。都内の健康増進センターにて、栄養指導業務に1年携わった後、1995年2月、現在のアサヒグループ食品の前身となるアサヒビール薬品に入社。サプリメントの商品企画のマーケティング・開発を経て、「クリーム玄米ブラン」「1本満足バー」などの健康菓子の広告宣伝・販促に従事。
     現在、メディアチームのリーダーとしてアマノブランドを始めとする広告販促業務を担当。フリーズドライ製品を主に扱うアンテナショップの新規の立ち上げや、既存店の運営、Webマガジンの発信・運営などを行っている。
     フリーズドライ食品は、家庭の食卓を豊かにするだけでなく、山登りやキャンプなどのアウトドアで環境を汚さないエコな食事として、また、災害時の備蓄食など活用の幅が広がっている。また多くの同社社員の深い「フリーズドライ愛」にも後押しされ、今後、さらに市場が拡大し、私たちの身近な食材になると見込まれている。

 

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 世の中を幸せにする『未来のロボット』を開発 

千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター・fuRO 

所長

  古田 貴之

  •  
  • 1968年東京都生まれ。3歳の頃、鉄腕アトムの天馬博士に憧れ、将来はロボット開発者になり人を幸せにしたいと思っていた。脊椎の病にかかり車いすの生活となった中学の時、「車いすの車輪が足ならば」自分と同じ境遇の人を幸せにできると考えた。この出来事が古田氏の人生観のベースとなり、快復したのちにロボット開発者の道へ進み工学博士となった。

  • 2000年 独立行政法人科学技術振興機構 ERATO 北野共生システムプロジェクトに、ロボット研究グループリーダーとして所属。2003年より千葉工業大学 未来ロボット技術研究センター・fuRO 所長に就任。2014年から同大学常任理事を兼務。
    東日本大震災で被災した福島第一原発の調査に使われたロボットは、古田氏が開発し無償で提供したものである。しかし直接建物に入ることができるのは許可された関係者のみで古田氏が入って操縦することはできなかった。使ったことのない機械の操作に消極的な関係者に対し「自分たちがこれを使ってやるんだ」という意識を持たせることも、操作教育の中で実施した。このように、ロボット技術者は技術開発をすれば終わりではなく、操作する人の心を動かすことも必要で、それが文化となり世の中が作られていくと考えている。

  • 現在はロボット技術を搭載した乗り物を開発中で、座り乗り、立ち乗り、荷台と形を変えることが出来る「ILY-A」がもうすぐ製品化される。更にその先の未来を見据えた乗り物「CanguRo」も開発中。人工知能が搭載され操作する人間の表情を読み取り、乗ろうとすると自動で変形し車になるという。古田氏が開発しているロボットが、私たちの生活に身近に感じられる未来が楽しみである。

 

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 未来の「カデン」をつくる『Game Changer Catapult』

パナソニック株式会社アプライアンス社事業開発センターGame Changer Catapult

代表

  深田 昌則

事業開発総括

  真鍋 馨

  •  
  • 深田 昌則氏
    1989年パナソニックに入社。AV機器の海外マーケティング、海外市場向け宣伝マネージャー、オリンピックプロジェクト・リーダー、パナソニック・カナダ市販責任者などを経て、2016年から「未来のカデン」をカタチにするプロジェクト「Game Changer Catapult(ゲームチェンジャー・カタパルト)」の代表を務める。
    2018年から、アメリカのベンチャーキャピタル スクラムベンチャーズとパナソニックが合弁で立ち上げた新規事業投資会社 BeeEdgeの取締役を兼任 。

  • 真鍋 馨氏
    大阪大学大学院基礎工学研究科修了。ケンブリッジ大学経営学修士(MBA)、中小企業診断士。パナソニック入社後、乾電池事業の調達業務を担当。英国留学を経た後、本社経営企画部にてグローバル経営体制構築・M&A推進、冷蔵庫事業部で経営企画、グローバル事業戦略立案・推進責任者を歴任。2016年から、深田氏と共に「Game Changer Catapult」の立ち上げに従事し、現在、事業開発統括として複数の新規事業責任者を務めている 。

  • Game Changer Catapultとは
    社員からビジネスコンテストとして「未来の『カデン』をつくる」ための事業アイデアを募集し、厳しい審査を経て最終選考まで残ったアイデアの事業化を目指すプログラム。 現在事業化を目指している例として下記がある。

    ・自動おにぎり製造機 ONIROBOT(オニロボット)=オニロボ
      自動でおにぎりを握るロボットと、それを無人店舗で提供するサービス。
    ・健康グッズ、KajiTrainer(カジトレーナー)
      日常の家事を運動に変えるというコンセプト。センサーを身に着けることで日ごろ行っている家事を数値化し、運動に繋がっていることを見える化させる。
    ・totteMEAL(トッテミール)
      お弁当用の保管冷蔵庫。スマートロック機能、支払い機能、モニタリング機能が付加される。
      現在、藤沢市にあるパナソニック次世代型店舗「クラシンク」で体験できる。

  • 「ゲームチェンジャー」にはビジネスモデルを変えていくことができる人、という意味が込められ、「カタパルト」は、新しい事業のアイデアを世の中にどんどん発射していける人をイメージしている。 パナソニック社の新しいチャレンジから生まれる「未来のカデン」は、他にも多数あり、今後私たちの生活に入ってくることが楽しみである。

 

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 自動運転を世に広めるため「自動運転ラボ」発信 

株式会社ストロボ 

代表取締役社長

  下山 哲平

  •  
  • 高校卒業後、富裕層向けの輸入車専門のチューニングショップを経営。22歳の時、インターネットを使って車のビジネスを拡大させた経験からネットマーケティングを仕事にしていこうと事業を譲り、大阪のWEBマーケティング系ベンチャー企業に入社。営業として社内でトップの実績を続けながら、同志社大学に入学し学業にも励む。会社では最年少で執行役員に就任し、学業と仕事の2足のわらじを両立。

  • 大学卒業を機に、デジタルマーケティング企業の株式会社アイレップへ転職。アイレップでは、入社9ヶ月で執行役員、その後取締役に就任し上場企業の取締役というポストを経験。同社は企業が抱える課題に対し有効な施策を打ち出したインターネット広告やSEO分野で発展し、下山氏在任中の約6年間で年商100億から700億へと急成長した。

  • 2016年33歳の時、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援事業を柱とした株式会社ストロボを設立。設立3年でグループ会社4社へと拡大し、WebサイトやEC事業の集客を重視したコンテンツ制作と運用などを手掛けている。

  • 2018年5月「自動車産業×デジタルトランスフォーメーション」の情報発信の場として、メディア「自動運転ラボ」を立ち上げた。1年経た現在、あらゆる自動運転系の最新情報が集まる業界最大級のメディアとなっている。技術に関する情報だけでなく、将来自動運転が実現された時に生まれる新しいビジネスをテーマに発信も行っている。運転する必要がなくなり、車内で“運転ではない事をして”過ごす時間ができたらどうなるか。次世代の車では窓がディスプレイになり動画や広告を見て過ごすことができ、コンテンツを車内に配信するビジネスが生まれるのではないか、といった未来の予測を発信している。

 

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 特殊めっき技術で特許を取得 

株式会社ナウケミカル 

代表取締役社長

  金城 純一

  •  
  • 1968年生まれ、東京都出身。群馬大学工学部機械システム工学科卒業後、1993年光学メーカーの日東光器株式会社に入社。工場にて装置のメンテナンスや改造、光学設計を経験した後、営業部で光学部品の販売に携わる。2001年、創業者である父親に頼まれ、ナウケミカルに入社。2013年父親の急逝により代表取締役社長に就任し、現在に至る。

  • 同社は、主に電気製品の中に入っている電子部品へのめっき加工を行っている会社である。めっきとは、材料を錆びから保護するため(耐食性)、見た目を美しくするため(装飾性)、そして電気を流れ易くするため、また部品同士を接合する(機能性)ために行われ、材料の表面に金属の薄膜を被覆する処理のことをいう。塗装とは異なり、電気を流しながら化学変化で薄膜を接着させる。市販されているめっき液を使うのが一般的だが、同社は、顧客の要望に沿った、独自のめっき液を自社開発し、「光ファイバー」や「粉体」など、難しいとされているものへのめっきを実施している。

  • 「粉体」における技術では、10ミクロン径の金属紛、樹脂粉、硝子粉など一個一個にめっきを施すことが可能である。薄く均一にできる同社の技術はその仕上がりの美しさが認められ、電子部品の領域を超え、キラキラと輝かせるために最適という理由で、アイシャドーなどの化粧品市場へも展開されている。

  • また、素材同士の相性が関係し、過去の文献には作成は不可能と記されていた「金錫(すず)合金めっき」にも挑戦し続けた。何度も失敗を繰り返し20年にも及ぶ研究の末に開発に成功し、特許を取得。この不可能を可能にした執念が、社風として継承されている。

 

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 「着る筋肉」マッスルスーツの開発

東京理科大学 工学部機械工学科 

教授

  小林 宏

  •  
  • 1966年生まれ。1995年、東京理科大学工学研究科機械工学専攻博士課程修了。1996年〜1998年、日本学術振興会海外特別研究員としてチューリッヒ大学計算機科学科に留学。帰国後、東京理科大学工学部の講師、助教授を経て2008年から現職。専門は、知能機械学、福祉工学、画像処理、ロボティクス、メカトロニクス。

  • 留学先では人工知能研究所に所属し、人間のように自我を持つ知能を開発したいと思っていたが、自分が生きている間にそれを実現するのは不可能であると感じ、次第にエンジニアとして、人の役に立つものを作りたいと強く思うようになり、2000年頃よりマッスルスーツの開発を進める。2014年に量産できる体制が整い、販売を開始し、現在までに介護や、農業、建設業など、あらゆる肉体労働の現場で、腰や腕を補助する装置として活用されている。

  • 一般的に機械で動くものはモーターを動力とし、モーターを動かすためにバッテリーが必要となるが、マッスルスーツにその技術を取り入れると、動作が固くなり、バッテリーの重さも嵩む。そこでモーターに代わり「人工筋肉」といわれる人間の筋肉の仕組みに似たものを採用した。人工筋肉の装置は重量約4キロで、リュックのように背負って装着する。そこに空気を注入し、空気圧を使い体の負担を軽くすると、最大35キロの補助力が発揮される。アメリカRed Herring社主催「2018 Red Herring 100 Global Winner」、 東京都主催「2018年世界発信コンペティション」奨励賞を受賞。

  • また、小林氏は、マッスルスーツ以外にも、寝たきりの人が立って歩ける歩行器を開発し、実際に多く利用されているなど、「人の役に立つものを作る」ためのチャレンジはつきない。

 

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 純国産アーチェリーの製造

株式会社 西川精機製作所 

代表取締役

  西川 喜久

  •  
  • 1965年生まれ。日本大学農獣医学部卒業後、父親が経営する西川精機製作所に入社。同社の前身となる会社は、1960年東京都にて創立され、現在まで金属加工会社として、切削(削る)・板金(曲げる)・溶接(つなぐ)・組立て据え付けと、総合的に金属を扱ってきた。その技術は多方面に用いられ、医化学関係、スーパーコンピューター、カヌー競技に用いるゲートなど、幅広い実績を持つ。1999年、先代であった父の死去により代表取締役に就任。

  • かねてからアーチェリーに興味を持っていた西川氏は、練習に通ううちに弓を形成するハンドル・リム・照準器などが精密な工業製品であり、様々な奥深い技術が施された機械であることに魅力を感じていた。しかし現状の弓はアメリカ製と韓国製が主流で日本メーカーが撤退したため細かい部分でしっくりこない。次第に日本人の体形に合う質の高い弓具を作りたいと思うようになった。

  • そこで西川氏は「純国産アーチェリーの弓を復活させる」プロジェクトを立ち上げ、エンジニアと開発を進めていった。投射時のがたつきを抑え、安定性を高める弓具のハンドル(=リムを結合する機体)をこのほど完成。グリップ部分を握りやすく変えるなど細部のこだわりをクリアさせた。ミリ単位の設定で的を競う繊細な競技の一助に機械製作で参画できるのは精密機器の会社として面目躍如である。まもなく完成品が競技者に届けられ、活躍は目前にある。国産弓具によりアーチェリー愛好者の裾野が広がることを大望されている。

 

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 議事録の作成を自動化する『COET Record Meeting』

TIS株式会社 サービス事業統括本部 AI&ロボティクスビジネスユニット AI&ロボティクスビジネスサービス部

Record Meeting Product Owner

  小西 啓介

Record Meeting Tech Lead

  三京 俊雄

  •  
  • TISインテックグループのTIS株式会社は、企業向けのシステム開発やサービス提供を行っている。金融、製造、流通/サービス、公共、通信など様々な企業とビジネスパートナーになっており、その数は3000社以上に広がっている。

  • 同社が開発した「COET Record Meeting」(コエット・レコード・ミーティング)は、一般企業の会議において、参加者が発言した音声を記録し、議事録を自動で作成することを目的としたシステムである。開発者の小西氏は、日頃より議事録を作るのは大変であると感じており、スマートスピーカーを使えば解消できるのではないか、とひらめいたことが本システム着想のきっかけであった。

  • 会議の中心にCOET本体を設置すると、周囲を360°の角度で分析し、どこから声が発せられたか、位置を特定することによって発言者を認識。発言をリアルタイムにテキスト化し、スマホやPCで閲覧可能となる。さらに、聞きたい発言の音声を、ピンポイントで再生することも可能である。

  • 今年4月のAI・人口知能EXPOへの出展時は、来場者が疑似会議をしている状況を、リアルタイムで的確な文章で掲出し、多くの人に注目された。ちなみに議題はあのチョコレート菓子の論争「きのこ派か?たけのこ派か?」というポップなものであった。現在はベータ版が発売中で、近日製品版を発売予定である。

 

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 カーAV取付キットの開発・製造

 

カインズ株式会社 代表取締役社長

株式会社カナック企画 代表取締役社長

  金子 高一郎

  •  
  • 1970年東京都台東区出身。高校卒業後、米国メイン州ハッソン大学に進学し、2003年ビジネスマネジメントを卒業。帰国後は、横浜にある半導体を扱う商社「株式会社マクニカ」に入社した。 その後、父親が経営していた「カインズ株式会社」に入社。同社は物流搬送機器の設計・製造・販売、カーAV取付キットの設計・製造などを手掛けている。 しかし、グループ会社の「株式会社カナック企画」の前任社長が急逝したことにより、代表取締役社長に就任。後に「カインズ株式会社」代表取締役社長にも就任し現在に至る。

  • 「カナック企画」は、カーAV取付キットの企画・販売、オリジナルグッズ、販促品の企画・販売を手掛けている。そのきっかけとなったのは、カセットテープ等のカーオーディオが普及し始めた時、メーカーのパイオニアと共同で、『格好よく良く取り付けるためのキット』の設計・開発をしたことだった。それまでは鉄板で吊るして取り付けられていたため当時としては革新的なもので、この業界の先駆者であり現在も業界トップクラスのシェアを誇っている。 その後カーナビ、電子ミラー等時代に対応しつつ、毎年増える新型車種に合わせたものを作り続け、現在まで約2000種類のキットを開発している。希少な車種であっても同社には適合するキットが存在する。

  • また同社は、金子氏の鉄道好きから生まれた鉄道グッズ事業が、もう1つの柱となる事業となっている。子供用リュック、ブーツ、傘などのグッズや、車両型USBメモリなど、細部にまでこだわったものが専門雑誌にも取り上げられ人気を集めている。

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 人の愛する力を育むロボットを開発

 

GROOVE X 株式会社

代表取締役

  林 要

  •  
  • 1973年愛知県生まれ。子供の頃からモノづくりに興味を持ち、「風の谷のナウシカ」の「メーヴェ」をいつか作りたいと思っていた。東京都立科学技術大学に入学後は、自動車部と航空部の活動に熱中。大学院修士課程修了後、トヨタ自動車に入社し、スーパーカーの開発に携わった後、F1の開発スタッフに抜擢される。ドイツの開発拠点にて4年間活躍した後に帰国し、ソフトバンクにて「Pepper」のプロジュクトメンバーとなる。

  • 2015年、「LOVOT(ラボット)」開発のためにGROOVE Xを創業し代表取締役に就任。LOVOTは高さ約40センチ、AI搭載の家庭用ロボットで、ゴマフアザラシのような、ペンギンのような姿をしている。布製で手触りが柔らかく、表面全体の温度が38度に設計されているため生き物のようである。「仕事をしない愛されるだけのロボット」と謳われており、人から「愛する」力を引き出すために様々な動きをする。搭載された車輪を使って動いたり、内蔵されたセンサーやカメラで人や物を認識し甘えたり喜んだりする。なお、Wi-Fi、Bluetooth、赤外線通信などでLOVOT同士やその他の機械とのコミュニケーションも可能となっており、LOVOT2体と生活することで、より深いLOVOTの機能を引き出すことができる。

  • 今年1月、ラスベガスで行われた最先端の技術が集まる展示会「CES 2019」でアメリカの大手IT系メディアThe Vergeによる、「the Verge Awards at CES 2019」の最優秀ロボットに選ばれるなど、世界から注目を集めており、今年秋の販売開始が待たれている。

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 車いすの開発と製造で世界をリードする

 

株式会社オーエックスエンジニアリング

代表取締役副社長、技術開発部長

  山口 高司

  •  
  • 1968年千葉県千葉市出身。幼いころから車やオートバイといった乗り物が大好きで、工業高校卒業後、自動車整備士専門学校に進学した。卒業後はオーエックスエンジニアリングに入社。当時は自動二輪車の販売をしている町のバイクショップであったが、全日本ロードレースで大手企業相手にトップ争いをしていた。山口氏は高校時代にその活躍を見てから同社の一員となることに憧れ、その夢を実現させた形になった。

  • レース用オートバイのエンジン開発や、自分が開発したエンジンを使って出場するレースのメカニックなどを2年間経験。その後退社し、通信機器取付工事業者として独立していたが、1996年オーエックスエンジニアリング創業者で先代社長の石井氏からオファーを受け再入社した。

  • 同社は、石井氏が事故により車いすを使用したことがきっかけで、1989年4月より車いす事業部を設置している。日常用、競技用、手動、電動、犬用の車いす製品を企画・開発・製造し、それはオートバイで培った確かな技術に裏付けされた品質で他社と一線を画している。特に競技用車いすは、ユーザーの1ミリ単位の要求にも応え、強度や旋回性能の良さを追究し、能力を最大限に引き出せるように考えられていて、パラリンピックを始めとする障がい者スポーツの大会で数多くのメダルを獲得している。

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 映像とパフォーマーを融合した新しいライブパフォーマンス

 

映像クリエイター、演出家

  花房 伸行

 

  • 三重県大台町(旧 宮川村)の出身。幼少から、絵を描くこと・ものをつくることが大好きで、手塚治虫氏を尊敬し、将来は漫画家を夢見る少年であった。1993年に、CGを駆使した映画「ジュラシック・パーク」を見て、精密なコンピュータグラフィックに衝撃を受けたのがきっかけとなり、1996年から3DCGを学び始める。

  • その後、プロダクトデザイナーを経て、TV・CMなどの映像制作、ファッションショー、コンサート等の空間演出に関わり、独自の表現を展開している。中でも、アリーナ、ドーム会場等、規模の大きいライブ会場での演出を多く手がけ、音楽ファン、アイドルファンの間で有名な演出家となった。 2012年に行われた「ももいろクローバーZ」の横浜アリーナのライブでは、ステージが中央にありスクリーンが設置できないという難題があったが、ステージ上でパフォーマ-30人が振る白い旗に映像を投影するという手法でこれまでにない演出に変えた。

  • 2012年に、映像とダンスを融合したパフォーミングアーツカンパニー「enra」を7名の個性的パフォーマーと共に設立。Youtubeで875万回再生される代表作があり、世界中で公演を行っている。内閣総理大臣主催の東京オリンピックの公式誘致イベントにおいては、トラディショナルな忍者の装束で、近未来の東京を描いたCGとの融合したパフォーマンスを展開した。

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 バンドマンからクリエイターへ

 

株式会社Azhai Communications 代表取締役

世田谷ハツメイカー研究所代表

一般社団法人 STEM教育協会理事

  久木田 寛直

  •  
  • 東京造形大学美術学科にて絵画を専攻。在学中に「百怪ノ行列」というバンドでメジャーデビューを果たす。バンドや美術作品を世界へ発信するツールとしてホームページを活用したいという思いからプログラミングの勉強を始め、ネット黎明期に自身でページを作成する。卒業後はWEBデザイナーとして就職。2005年独立し、2011年 株式会社Azhai Communications(アザイ コミュニケーションズ)設立。ホームページ制作、グラフィックデザイン、美術制作、音楽制作を手掛ける。

  • 2015年 小学生向けプログラミング教室「世田谷ハツメイカー研究所」を設立。それはSTEM 教育(Science Technology Engineering Mathematics)という科学技術力を養う教室である。子供たち自らロボット(mBot=エムボット)を組立て、スクラッチを用いたプログラミングを組み動かすことで、発見し探究する能力が育つという。次世代教育に逸早く視線を向けた取り組みは着実に実をむすび、2018年のロボットコンテスト「MakeX世界大会」では在籍生が特別賞を受賞した。

  • 同時に、駿台電子情報&ビジネス専門学校デジタルクリエイター科講師という肩書も持ち、デッサンとwebデザインを教えることができる、という類をみない講師として2005年より15年間教鞭をとっている。芸術への造詣の深さとプログラミング技術は比例するという持論をもとにアートと技術、両輪の授業を展開している。

 

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 着衣型ウエアラブルデバイス「hamon®」開発

 

ミツフジ株式会社

代表取締役社長

  三寺 歩

  •  
  • 1977年京都府出身。立命館大学卒業後、松下電器産業株式会社(現パナソニック)や、外資系システム会社にて営業に携わる。2014年9月祖父が創業し父親が継いでいた三ツ富士繊維工業株式会社(現ミツフジ株式会社)代表取締役に就任。

  • 創業時は西陣織の和布団を生産販売していたが、父の代になり銀メッキの新しい技術を用いた繊維「AGposs®」(エージーポス)を開発。銀の性質を生かした抗菌靴下などに主力製品が移っていった。AGposs®とは、ナイロンやポリエステルの表面に銀メッキした繊維で、表面がすべて銀に覆われており、電磁波シールド、抗菌・防臭・断熱、制電効果に優れている糸である。

  • 三寺氏はこのAGposs®の導電性を利用し電極一体型のシャツを製作。デバイスに取得した生体情報をアプリに転送しクラウドで解析する「hamon®」サービスを提供している。「hamon®」は心拍・体温を記憶するため工事現場やアスリートの体調管理を目的としたが、医療、介護、ペットなど応用のマーケットは広い。

  • 着衣型ウエアラブルデバイスという新ジャンルを切り開いた三寺氏の功績はフォーブスジャパン「スモールジャイアンツ」部門にて表彰され、同誌の表紙を飾った。

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 ゴムと樹脂を接着剤なしで結合させる「ラジカロック」開発

 

株式会社中野製作所

タスクマネジメントグループ マネージャー

  中山 義一

  •  
  • 1970年東京都葛飾区出身。子供の頃から、スポーツと「何か物を作ること」が好きな少年であった。中央工学校 工業専門課程 建築設計課を卒業し、建築設計事務所で建設図面の設計及び作図を8年担当した。その後、「株式会社中野製作所」に入社。

  • 中野製作所はゴム製品の開発製造のエキスパート集団である。摩耗性やグリップ力などゴムの特性を決める材料と配合を設計し、熱と圧力の成型、研磨の後作業、製品出荷とワンストップで事業を行っている。

  • 同社の代表的製品としてATMや自動改札機、また牛丼店等の券売機に使われているローラーがある。新札古札問わず紙幣を正確に出し入れし、お札に浸透した油汚れが付いても劣化しない、耐用年数が飛躍的に長い高性能ゴムローラーを開発した。

  • 近年は同社オリジナルの「ラジカロック」を発表し話題となった。それは“ゴムと樹脂を接着剤なしで結合する”世界唯一の技術。架橋高分子であるゴムと、架橋していない樹脂を化学結合させるという実力の高さを知らしめた。有名なランニングジューズの靴底部に使用され軽量の上に雨でも滑らず高評価を得ている。他にもパラリンピックの用具等、用途多彩で引く手あまたである。2020年のオリンピックで同社の技術がスポーツに貢献することが待ち望まれる。

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 直径500m級ドームに投影できるプラネタリウムを開発

 

プラネタリウム・クリエイター

有限会社大平技研 代表取締役

  大平 貴之

  •  
  • 1970年神奈川県川崎市出身。子供の頃から「太陽はだれのものか?」などと、妙な質問ばかりして両親を困らせる少年であった。植物・写真現象・ロケット制作・アニメーション制作・鉱物採集など多くの分野に興味を示す。中でも、プラネタリウムの制作には自分で設計図を書くほど打ち込み、小学校の先生に専門家を紹介され、さらに邁進する。
    大学生の時に、個人製作は不可能と言われていたレンズ投影式プラネタリウムの開発に成功。

  • ソニー(株)に就職後もプラネタリウム制作に情熱を傾け、1998年に従来の100倍以上にあたる170万個の星を映し出す「MEGASTAR(メガスター)」を発表。2004年には同シリーズで投影星数560万個の製品がギネスワールドレコーズに認定された。

  • 2005年有限会社大平技研設立。次々と世界初となる技術を使った商品を発表し、その中には累計115万台を超えた大ヒット商品もある。最近では2016年に「MEGASTAR CLASS」という持ち運び可能な商品を発売。プラネタリウム専門ではない施設(温泉や飲食店など)で楽しめることをコンセプトにし日本中に星空を届けている。
    また、2018年には直径500m級の巨大ドームに対応した大型プラネタリウム投影機「GIGANIUM(ギガニウム:仮称)」を開発。数万人が一堂に会し星空を鑑賞できる圧倒的規模である。今まで科学館等で直径20m、世界最大のものでも直径37mであった大きさを大幅に更新した。計算上、距離を10倍増やすと光量は100倍必要となるので、従来とは全く異なる技術を駆使したものである。

  • 大平氏の飽くなき挑戦とプラネタリウムへの情熱と冷静が織り成す生き様は多くのエンジニアを惹きつけドラマにもなっている。また「プラネタリウム男」などの書籍や「情熱大陸」出演など話題を提供した。背が高く魅力的な容姿は有名なコーヒーのCMにも起用され、マスメディアからも引く手あまたである。

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  花火と音楽がシンクロする「花火ファンタジア」を演出

 

株式会社丸玉屋

代表取締役社長

  小勝 敏克

  •  
  • 1949年東京都出身。大学卒業後、商社に就職したが3年後に退職し渡米。バックパッカーとしてアメリカを横断した。帰国後の1978年、5代続く花火の老舗「丸玉屋小勝煙火店(おがつえんかてん)」に入社。英語を活かし、営業担当として欧米各国への花火の輸出を手掛ける。一時は売上の60%以上を輸出が占めるまでになったが、1985年以降、円高と中国の台頭、また米国の製造物賠償責任保険が厳しくなった影響により輸出は一気に収縮する。そうした状況の中、1985年、カナダで開催されたコンペにて、フランスチームが演出した花火と音楽とナレーションで進むストーリーに衝撃を受け、新たな演出方法に取り組み始める。

  • 1990年、株式会社丸玉屋を立ち上げ、独立。伝統の継承である花火と最先端のテクノロジーとの融合を試み、音楽と花火をシンクロさせるために当時のコンピュータMS-DOSを使用してプログラミングを行った。何万発という花火に1/10秒の単位で音楽との同調を可能にしたパイオニアである。現在は精度を上げ1/100秒の技術力を誇る。「花火ファンタジア」は同社の商法登録名だが花火のエンターテイメントショーをより華麗に、時には幻想的にイメージを昇華させることに成功している。

  • 近年では、2020年の東京オリンピック・パラリンピックで花火を打ち上げることに向けて、一般社団法人「日本花火推進協力会」を立ち上げた。花火を日本の文化として、歌舞伎や大相撲のように認めてもらいたいと活動している。その一環として、視聴覚障碍者のための花火にも取り組み、「大曲の花火」では、点字、模型、骨伝導を使い、会場で楽しんでもらえるよう工夫を凝らした。
    “beyond2020”という、オリンピックの後に何を残すかを見据えた活動を展開している。

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 世界唯一の技術で光ファイバー製品を開発、製造

 

株式会社オプトゲート

代表取締役社長

  田中 雅之

  •  
  • 1967年青森県八戸市出身。テレビの中がどうなっているのかが知りたくて分解したというエピソードをもつ、理科が好きで好奇心旺盛な少年だった。岩手大学工学科卒業後、業界トップクラスの古河電気工業株式会社に入社。光ファイバケーブルの開発ならびに生産技術に携わる。2005年株式会社オプトゲートを起業。現在は事業と並行し千葉大学融合理工学府にて光ファイバの実用に直結する研究も行っている。

  • 光ファイバは、125ミクロンという髪の毛と同じ細さのガラスの線。そのまわりを保護したものが光ケーブルであり、大容量を長距離通信できるため、日本とアメリカの間の海底に何本も引かれている。また、光の反射で造影ができることから、眼底カメラなど、体の奥の部分の検査に用いられる。

  • 光ファイバは断線しても断線面同士が接していると通信が通ってしまうため、発見が困難である。そのまま長期間経過すると性能劣化を起こしてしまう。この難題を解決したのが同社の『光ファイバ断線検出器OCCR』である。世界唯一の技術により高感度 −100dBまでの隠れた断線を検出でき、海外へも販売されている。
    もう1つの主力商品は、光コネクタ部分のクリーナーである。光が通る部分はわずか10ミクロンのため、そのサイズの極小のゴミも除去する必要がある。以前のクリーナーは、400回の使用で1万円/個と高価だったが、コスト減に注力し、2000円で3600回使用可能な「くるるんぱっ」を作りヒット商品となった。

    スタートは早期退職制度で得た資金を元手にした小さな会社で苦労もあったが、今や新工場を建設する勢いで第2ステージに入った同社。今後、働き方改革を行い、効率よく楽しく仕事をし、ものづくりのすばらしさを世界に発信していきたいと展望している。

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 国宝から商業用ディスプレイまで 多様な展示ケースを制作

 

細見工業株式会社

代表取締役

  細見 大作

  •  
  • 1971年東京都出身。東洋大学経営学部経営学科を卒業後、ディスプレイ業界大手の乃村工藝社に入社し、展示会を中心とした制作管理に従事する。その後2002年、父親が経営する細見工業株式会社の代表取締役に就任。同社の展示ケースは2008年葛飾区の企業の製品や技術に与えられる「葛飾町工場(まちこうば)物語」に認定された。

  • 細見工業株式会社は、1969年創業。スチール、ステンレス等の金属を用い、装飾金物、内装金物、展示ケースを、設計、製作、施工管理まで一貫して行っている。美術館、博物館、高級ブランド店舗で、特に意識せず目にしている展示ケースに同社製品は多く使われ、北海道から沖縄まで全国に及んでいる。

  • 同社のケースは、展示品を美しく見せるため視線の角度を計算し、視界に遮断がない工夫をしている。壁一面のウォールケースや、覗き込み近づいて鑑賞できるローケースなども存在を主張せず主役を際立たせる効果を醸し出している。一方で、保護のため温度湿度管理、および防犯管理においても長年の経験と知識に基づいた考慮がしっかりとなされている。
    近年では、「15メートルもの巻物を広げて展示し、後日、小さいサイズでも再利用ができるケース」という難題や、「海外の有名美術館の絵画を借用して展示するケースで、本国の担当者が納得する防犯性能を備えたもの」というオーダーを見事に解決して制作した実績をもつ

    このような無理難題でも解決できてしまうのは、展示を扱う人、展示を見る人の思いまで感じて制作にあたっているからこそであり、温かみのある「ものづくり」を行っている

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 「神話」をテーマに来年1月宮崎県で大会を開催

 

一般財団法人 プロジェクションマッピング協会

代表クリエイティブディレクター

  石多 未知行

  •  
  • 1974年大阪生まれ。武蔵野美術大学卒業。両親は声楽家であったが母方の実家である陶芸・波佐見焼の後継のため埼玉から長崎へと居を移す。小学生時代、コンクールで受賞したことから絵に興味を抱くようになった

  • 大学3年時、プロジェクターからの映像と連動させたパフォーマンスを行い、2005年、映像アーティストとしてロンドンへ赴く。そして帰国直前に、プロジェクションマッピングに出会う。それは建造物などに映像を「投影」し、建物ならば窓や柱や扉を利用したりなど「スクリーンとなる立体物」の特徴に合わせた配置(マッピング)を行うことである。凹凸ある建物にも映像が崩れずにぴたりとハマると対象物自体が光り、動きだすように見え不思議な現象を引き起こすことができる。

  • 帰国後の2010年、逗子の小学校校舎に投影するプロジェクションマッピングを行う。この企画の高評価を得て2011年、「プロジェクションマッピング協会」を設立。

    2015年からは逗子の海岸で、幻想的な青い光の波を演出する「NIGHT WAVE」というイベントを行っており日に1万人を超える来場がある。他にドラマ「龍馬伝」のセットを再現した「龍馬の家」では障子のスクリーンに和の空間を作ったもの、二子玉川のシネコンでは30分ごとに映像のからくり時計が出現している。

    2019年1月には、荘厳な「宮崎県立美術館」に投影する国際コンペティション「1 minute Projection Mapping in みやざき」が開催される

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トータルパッケージを手掛ける企業

 

東京パック株式会社 代表取締役社長

田畑 虎幸

 
  •  
  • 1962年寅年生まれ。プラモデル作りに長け、買ったその日には完成させるという、今の職業につながる素質を持った少年であった。大学卒業後すぐ、父親が経営する会社 東京パック株式会社に入社。東京パックは、1967年設立、プラスチック、紙などを、デザイン・企画・提案・試作・金型作成とトータルで行っており、手がけた企業は、有名化粧品メーカーから電子部品メーカーまで多岐にわたっている。営業職を経て2002年、39歳で社長に就任した。

  • ある時、「パッケージは使用後捨ててしまう。50年間、ごみを作り続けてきたのかもしれない。少しでも世の中に役に立てるものができないか」と思ったことを発端に、『捨てたくないパッケージ』を開発。ミロのビーナスを象(かたど)るなどの付加価値をつけたものを作成した。その商品が2011年、卓越した技術と優れた対応力を持つ工場に与えられる「足立ブランド」に認定される。 これを発展させ、「加飾成型」という技術を使用した電気のスイッチカバーを商品化し、2013年に台東区(T)、荒川区(A)、足立区(A)、墨田区(S)、葛飾区(K)の5区が共同で行う「TASKものづくり大賞」の大賞を受賞する。

  • 地球環境については、自身がビーチクリーン活動でゴミ拾いもするなど、日々、深く考えをめぐらせている。プラスチックは、フリースや道路のアスファルトなどにリサイクルできるため、『プラスチックは時代とともに成長した成果物で、それをリサイクルし自然に戻さない工夫をするべき。』と提唱している。

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ホワイトハッカーの活躍を支援

 

一般社団法人 日本ハッカー協会 代表理事

杉浦 隆幸

 
  •  
  • 1975年愛知県岡崎市生まれ。東京理科大学在学中、プロバイダーの立ち上げに伴う手伝いをした際、日本語にはまだ訳されていない情報を英語で読みサーバーの構築を行った。セキュリティに関する記載を目にした経験から、2000年、情報漏えい対策の調査を行うネットセキュリティーに特化した企業、ネットエージェントを設立。

  • 2004年、ファイル交換ソフト、Winny(ウィニー)内でウィルスが蔓延し、PC内の重要な情報を勝手にアップロードし大問題となった。開発者がネットワークに触れることができずプログラム改良ができない時に、逆アセンブルで解読し、情報漏えいの拡散を防ぐことにいち早く成功した。 また2013年には、経済産業省が主催したセキュリティ技術者のコンテスト「CIFチャレンジジャパン」で優勝し、初代王者となった。

  • ネットエージェントを2017年に退社後、コピープロテクトの企画開発、企業や政府の情報漏えい事件の調査コンサルティングを行う新たなセキュリティ会社LPlus(エルプラス)を立ち上げる。 そして、2018年秋、サイバー攻撃に対する防御を行うIT技術者「ホワイトハッカー」の活躍を支援する一般社団法人「日本ハッカー協会」を設立。 日本におけるハッカーの地位向上、ハッカー像に対する理解を深めるための啓蒙(けいもう)活動を行っている。

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五反田スタートアップ企業コミュニティーから設立

一般社団法人 五反田バレー代表理事

株式会社マツリカ 代表取締役 Co-CEO

黒佐 英司

    •  
    •  一般社団法人 五反田バレー理事企業 

      セーフィー株式会社 創業者 エンジニア

      森本 数馬

    • 黒佐英司氏 五反田バレー代表理事、株式会社マツリカ 代表取締役 Co-CEO

ニューヨーク州立大学バッファロー校卒業。積水ハウス株式会社、株式会社ユーザベースを経て、2015年、東京の五反田に、営業支援ツールの開発・運営をする企業、株式会社マツリカを共同設立する。そして、今年2018年7月25日、IT集積の地・五反田で、ベンチャー・スタートアップ企業間や、行政、大企業との連携などを目指すべく、一般社団法人五反田バレーを設立、代表理事に就任。

    •  
    • 森本数馬氏 五反田バレー理事企業 セーフィー株式会社 創業者 エンジニア

      1978年、兵庫県生まれ。2001年、東京大学工学部応用物理物理工学科修了後、ソニー株式会社に入社。30歳の時、GoogleTV開発プロジェクトで、アメリカのGoogleと協業、ソフトウェア開発を担当。その後、グリー株式会社、モーションポートレート株式会社を経て、2014年、クラウドベースの動画をメインとしたデータマネジメントプラットフォームの開発・運用を行うセーフィー株式会社を五反田に創業。五反田バレーには理事企業として参加。

    • 「五反田バレー」という名称はアメリカのシリコンバレーから由来している。2015年頃から五反田には、ベンチャー企業や、スタートアップ企業(新たなビジネスモデルを開発する、創業から2~3年程度の企業)が集積するようになり個別には関係を作っていた。そこから、社団法人五反田バレー設立に至った。

      五反田の街全体の活性化を通じ、互いに相乗効果をもたらすことで、五反田から社会問題を解決し、より豊かな未来を作っていくことを目指している。

 

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「楽しい」の専門家

 

運楽家 一般社団法人 運動会協会理事

犬飼 博士

 
  •  
  • 1970年愛知県一宮市出身。ゲーム監督、ゲームプレーヤー、eスポーツプロデューサー、運楽家(うんがくか)。運楽家とは犬飼氏が生み出した言葉で、遊びの専門家、『楽しい』の専門家のこと。ゲームに限らず「世の中の見えているものすべての『楽しい』を実践している人」を、サクッと言い表した言葉。

  • 幼少期からテレビゲームやアーケードゲームに親しみ、コンピューターゲーム作成も行っていた。高校卒業後、映画監督 山本政志氏に師事し映像作家となる。映像の仕事をしながらも、ナムコの「鉄拳」で遊び続け、プレイヤー同士のコミュニティづくりをした経験から、ゲーム制作へと転向。 ゲーム監督として、アーケードゲームの「トイファイター」他、ドリームキャスト、Xboxのゲームを手掛ける。2007年にリリースした「Mr.SPLUSH」は、文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査委員会推薦作品となる。

  • そして、スポーツとITを融合した“eスポーツ”の黎明期であった2002年から、作品発表、大会運営等を手がけ、日本代表の世界大会への引率やサポートなどを行う。 その後、全身を使って遊ぶことができる体感型電子ゲーム「eスポーツグランド」、壁に投影される昔の記録と実際に“かけっこ”ができる装置「スポーツタイムマシーン」を発表し、数々の賞を受賞。

    現在はこれらを発展させた「未来の運動会」を、各地にて定期的に開催中。「新しいスポーツ」を“作り・体験する”運動会形式のイベントで、多くの参加者が犬飼氏と共に遊び、楽しみを共有している。

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 小型パッド印刷機を開発

 

株式会社 安心堂 会長

丸山 寛治

 
  •  
  • 1940年東京都足立区千住出身。戦後の幼少期に廃材でおもちゃ作りをしたことが、のちにものづくりの才能を開花させた。

    1964年法政大学法学部法律学科を卒業後、光亜証券株式会社(現三菱UFJモルガンスタンレー証券)入社。高度経済成長期の時代を読み社内トップの営業実績を残し絶頂期に退社。1974年に印刷業を始め、現在「株式会社安心堂」会長。

  • 同社はパッドを使用しての特殊印刷を得意とし、紙や布、プラスチック、石など素材を選ばず凹凸の曲面などあらゆるものに印刷を行う。オリジナル商品として線香に般若心経を印字したものや、印刷加工した疲れにくいインソール、オリジナルはんこキットなどがある。 「足立ブランド」に認定された小型パッド印刷機「なんでもくん」は個人で扱えるモノをと十数年かけて製品化した。文字通りどんなものにも印刷でき米粒1粒に20文字以上の印刷が可能という優れものである。

  • あだち異業種交流会「未来クラブ」会長。「あだち新製品開発講座」講師としても、「誰かが困っているところに宝ものがある」「仕事は人が生きている限り需要がある。自分で作り出せば何でも仕事になる」「人を喜ばす喜び」と、熱のこもった講義を行っている。

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 人とロボットのコミュニケーションを研究

 

玉川大学 工学部 情報通信工学科 教授

岡田 浩之

 
  •  
  • 1960年東京都出身。認知科学者。第1期ガンダムの影響でロボットに興味を持ち、ガンプラに熱中する。農学部にてバイオテクノロジーを専攻。専門は「タンパク質の立体構造解析」。その解析でのコンピュータ使用をきっかけに就職は富士通研究所へ。そしてバイオ技術と脳の仕組みの応用を試みニューラルネットワークを構想。ロボット研究へと繋がっていった。

  • ニューラルネットワークとは脳の働きをコンピュータのプログラムで実現するもの。現在、脳の細胞は単独ではなく力を合わせて働いている事が判明している。だから"ニューラルネットワーク"なのだとか。
    またロボット研究へ行き着いたのは「人口知能研究」から実際にモノを動かすことに興味を持ったから。
    バーチャルではない現実の世界に「体」を持ち「人口知能」を持つロボットを動かしてこそ研究の結実があるという。

  • 東海大学理学部 情報数理学科助教授を経て、2006年玉川大学工学部へ。現在は、経済産業省も推進している「ワールドロボットサミット」の実行委員であり、ロボカップ日本委員会 専務理事も務める。ワールドロボットサミット2018は、10月17日より「Robotics for happiness」というテーマで東京ビッグサイトにて開催される。

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 ”ぷよぷよ”から”にょきにょき”へ

 

コンパイル○株式会社 代表取締役社長

仁井谷 正充

 
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  • 1950年広島県三原市出身。広島大学理学部物性学科に入学するも、学生運動に没頭してしまい単位不足のため大学を中退。その後、学習塾の経営や広島電鉄の車掌などを経たが世界初のパソコン「AppleⅡ」を手に入れ趣味でゲームを開発。転機はマイコンブームの到来。コンピュータに詳しい事を買われPCショップの販売員となる。

  • そこから、ハードを売るだけではなくソフトを作りたいという思いで、1982年コンパイルを設立。パソコンのシステムソフトの開発を始める。シューティングゲーム「ZANAC」で世界トータル100万本を売り上げるなど、様々なゲームを生み出した。
    そして1991年、可愛らしいキャラクターが登場する落ち物パズルゲーム「ぷよぷよ」が誕生。累計1000万本の空前の大ヒット作となり、世間は「ぷよぷよフィーバー」に沸いた。
    当時、会社は順風漫帆で400人の社員が在籍し、「ぷよぷよのおまんじゅう」を生産するぷよまん本舗では自社工場を持ち年商5億をあげ、「ぷよぷよパーク」を作る構想がなされ具体的に動いていた。

  • その後バブルがはじけコンパイル社は倒産。現在は2016年に設立したコンパイル○(こんぱいるまる)株式会社 社長として、新作ゲーム「にょきにょき」のPRにテレビ等で活躍中である。

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 セグウェイは身体の拡張ロボット

 

セグウェイジャパン株式会社 代表取締役会長

大塚 寛

 
  •  
  • 1971年神奈川県横浜市出身。大学では電子工学を専攻し、1995年スーパーコンピューターの日本クレイ株式会社(現:日本SGI株式会社)に入社。同社で営業やマーケティングの仕事を経て、ロボット事業に関する新規事業を担当し、レスキューロボットやセグウェイ(電動立ち乗り二輪車)に出合う。社名変更後の日本SGI株式会社に在籍後、2008年12月セグウェイジャパン株式会社を設立、代表取締役社長に就任。今年2018年6月、代表取締役会長に就任。

  • セグウェイジャパンは米国セグウェイ社商品の国内販売代理店として販売、保守、レンタル事業を行う。その企画として、「ガイドと巡るセグウェイ観光地ツアー」や「セグウェイテーマパーク」の運営を実施。大塚氏はセグウェイビジネスを拡大するため日本での公道走行可能実現に向けてロビー活動も行っている。

  • また、セグウェイジャパンと並行して、PTS株式会社 代表取締役として音声から感情や病気まで認識する技術を研究・開発している他、数社の取締役、顧問などを兼務している。
    著書「AIロボットに操られるな!」には、ロボットを受け入れAIを使いこなすために必要な教養が記されてあり、若きエンジニアが"ロボットと共存するには”という視点で知るべきことが詰まっている

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 粉に関する様々な機器を取り揃える 大正時代から続く会社

 

槇野産業株式会社 代表取締役

槇野 利光

 
  •  
  • 1950年東京都出身。東京農工大学工学部繊維高分子工学科を卒業後、三陽商会に入社。営業部子供服課に3年間勤務後、奥様の実家である槇野産業株式会社に入社する。

  • 槇野産業は、1926年(大正15年)創業。看板商品であるマキノ式粉砕機は、第二次世界大戦後の食糧危機の際に、政府の対策の一環として1万台以上が生産され、日本の食糧事情の改善に大きく貢献した。時代は移って現在、後継機種のマキノ式粉砕機は最新技術を携え、大型のものから小型のものまで多種多様な製品シリーズを取り揃え、全国に納入されている。そしてこれらは2011年、葛飾区の企業の製品や技術に与えられる「葛飾町工場(まちこうば)物語」に認定された。

  • 長年に渡り、あらゆる物を粉砕・破砕する機器を製造してきた同社だが、近年、奈良の名高いお寺からのオファーを受けた。それは散骨するためや永代供養塔に容積を少なく収めるための粉骨機。遺族の前で気持ちをこめて粉砕作業ができるようにという課題を仏教の白象「るんびーな」に模した外装にし完成させた。音やお骨の扱いなど細部にまでこだわり設計されており、仏教的な雰囲気の製品となった。このような便利で個性的な粉に関する機器を取りそろえる会社として注目されている

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「自転車×バイク」電動ハイブリッドバイク

 

glafit株式会社 代表取締役CEO

鳴海 禎造

 

  •  
  • 1980年和歌山市生まれ。15歳で服とパソコンの個人売買を始め、20代に入ると車関係にも対象を広げる。大学では教員免許を取得したが、卒業後は教師ではなく“商売の道”に進むことを決意。

    2003年、個人事業主として自動車販売、修理ショップ「RM Garage」を創業。その後、2007年に自動車輸出入業「FINE TRADING JAPAN」を個人創業し、翌年に法人化。リーマンショックの影響を受けるも、2011年に中国広東省、2012年に香港に現地法人を設立する。

    そして、2012年に、日本を代表する次世代乗り物メーカーとなることを見据え、メーカーブランド「glafit」を立ち上げる。2017年、ブランド名を冠したハイブリットバイク「glafit」を発表。同年glafit株式会社を設立し、代表取締役CEOに就任。

  • glafit」は、ペダルをこいで自転車として走る「ペダル走行モード」、バイクとして走る「EV走行モード」さらにその両方を動力とする「ハイブリッド走行モード」の3つのモードが1台に組み込まれ、モードを切替えながら走行を楽しめる。クラウドファンディングで募集開始から3時間で目標額の300万円を集め、2か月後に12800万円と、国内最高記録を樹立したことでも注目を集めた。

    オートバックスで販売されており、税込15万円、発売から半年経た現在までに3000台を販売。2017年 日経優秀製品サービス賞 最優秀賞 日経MJ賞を受賞。

  • 鳴海氏は和歌山県初の新電力事業者、和歌山電力株式会社 取締役に就任するなど、現在も和歌山県に拠点を置き、未来を見据えた事業を展開している。

  •  

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     こんなにコンパクト! 通常のバイクの3分の1以下という軽さで、折りたたんで持ち運べるのが魅力です!!

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 段ボール箱まくらが「葛飾町工場(まちこうば)物語」に認定

 

有限会社坪川製箱所 専務

坪川 恵子

 

  •  
  • 1968年東京都江戸川区生まれ。2002年葛飾区の坪川製箱所の現社長と結婚し、現在同社専務。

  • 坪川製箱所は、1959年に木箱製造業として創業、1960年代より段ボール箱の製造、販売を行っており、シンプルな箱からオーダーメイドの複雑なものまで様々な製品がある。流通や引っ越しで使用する一般的な箱が主流であるが、コンビニ、ドラッグストア、ホームセンターの店頭で普段何気なく目にしている、商品を展示する箱や台にも、同社製品は数多く使われている。

  • 東日本震災、熊本震災時の避難所を見たことがきっかけで、段ボール製のまくらを作成することに至り、試行錯誤を重ね、オリジナル商品「段ボール箱まくら」を開発。大人でも子供でも心地よく使用できるよう、高さ調整ができ、中にタオル、ティッシュなど、必要なものを入れておけるという避難生活を見据えたものになっている。

    この商品が、平成29年、葛飾区の企業が作る製品や技術を認定する「葛飾町工場(まちこうば)物語」に認定され、実用新案を取得、商標登録。さらに被災地などで使用できる「段ボールハウス」も完成し、災害用にとどまらず保育園の遊具として、また住宅展示場で色見本のモデルハウスとして好評を博している。商品開発だけにとどまらず、地域の防災訓練に数多く参加するなど、社会貢献も視野に入れた「ものづくり」を行っている。

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 2足歩行から車輪走行へ変形する巨大ロボット

 

株式会社BRAVE ROBOTICS 代表取締役

  石田 賢司

 

  •  
  • 1982年新潟県出身。14歳の時に、当時放送されていたトランスフォーマーシリーズや勇者ロボットシリーズなどのロボットアニメを見て、巨大変形合体ロボットが実在する社会が来ることを予測し、ロボット建造を志す。

  • その頃より独学でロボットを研究し、多くの失敗を経て人型ロボットの作り方を体得していく。新設された金沢工業大学ロボティクス学科に一期生として入学し、同大学大学院に進学。仲間と二足歩行ロボットの格闘技大会やロボットがサッカーをする競技に参加する傍ら、21歳の時には小型二足歩行ロボットを作成。翌年22歳の時には、それを人型から自動車型へ変形できるものに進化させた。そしてさらなる進化のため、自動車関連技術も学ぶ。

    そうした技術をつぎ込み31歳の時に完成させた変形するロボットは、YouTubeの動画が250万回以上再生されるなど注目を集めた。

  • 2014年に31歳で株式会社BRAVE ROBOTICS(ブレイブ ロボティクス)を設立。人が乗れるサイズの巨大変形ロボットを実現するため、現アスラテック株式会社チーフロボットクリエイターで、「V-Sido OS」を開発した吉崎航氏と「Project J-deite」を立ち上げる。

    2014年その第一歩となる全長1.3メートルの「J-deite Quarter」を完成させた。そして今年2018年4月、人が乗れる「J-deite RIDE(ジェイダイト・ライド)」の試作機がついに完成。2人を乗せたままの状態で足を上げて歩き、さらに変形して車として移動できる。しかも見た目がカッコイイというロボットがゴールデンウィークのイベントにて一般公開され、親子連れに人気を博したところである。

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 コンビニのウォークイン式プレハブ冷蔵庫で高い市場シェア

 

たつみ工業株式会社 代表取締役

 

 岩根 弘幸

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  • 1972年神奈川県横浜市出身。学習院大学経済学部経営学科を卒業後、エレコム株式会社に営業職で入社。同社退職後1年間のニューヨーク留学を経て、2000年に父親が経営するたつみ工業株式会社に入社する。工場でのものづくりから納入先での施工まで、すべての工程に携わった上で2007年35歳の時に社長に就任。

  • たつみ工業株式会社は、1962年創業。1974年、当時セブンイレブン2号店として横浜にオープンする店舗で、国内セブンイレブンで国産品の冷蔵庫が初めて使われることになり担当、その後今日までコンビニの冷蔵庫で高い市場シェアを持ち続けている。主力のウォークイン式は、ドリンク等の商品を棚の後ろから補充するものであるが、後ろ側は保管中の在庫を冷やすための部屋で、人が入るように作られている。このため、部屋の空間を外気から断熱する技術が特に重要となる。同社はこの冷蔵庫を、ビルの中や郊外型など個々の店舗に応じたオーダーメイドで、短納期で設計から制作、運送、施工まで行う。

  • 岩根氏は、幼少時より好奇心旺盛で企画力、行動力に長けており、学生時代には、あのサイバーエージェントの藤田晋氏と一緒に広告代理店で飛び込み営業のアルバイトをし、藤田氏よりも成績が良かったという逸話がある。たつみ工業に入社後は、断熱パネルの開発のためにNASAに直接何度もアプローチし、断られ続けたが、最終的に会ってもいいという回答をもらい訪米、NASAの殿堂入り技術者と面談したという経験を持つ。この持ち前のバイタリティを、新製品や技術開発へのチャレンジに発揮し続けている。

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 世界初!パワフルかつ器用な手を持つアバターロボット

 

株式会社メルティンMMI

 粕谷 昌宏氏  (せき) 達也氏 

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  • 粕谷昌宏氏 株式会社メルティンMMI 代表取締役CEO

    1988年生まれ。早稲田大学理工学部機械工学科卒業、同大学大学院先進理工学研究科生命理工学専攻、修士号取得。電気通信大学情報理工学研究科知能機械工学専攻、博士号取得。 3歳の頃から人類の限界を感じ、中学の頃からサイボーグ技術の実用化を目指していた。 早稲田大学入学後、パワードスーツの開発などで数々の賞を受賞。中でも2008年にはロボコンで2位、2011年には義手の新たな制御法を提案し日本ロボット学会から表彰される。 そして今年3月、雑誌フォーブスが今後影響力がある人物として、アジアの30歳未満の30人を選ぶ「30 UNDER 30 ASIA」(ヘルスケア・科学部門)に選ばれている。

  • 關達也氏 株式会社メルティンMMI 取締役CTO

    1987年生まれ。電気通信大学大学院情報理工学研究科知能機械工学専攻、後期博士課程修了。幼少期より人を模したロボットの実現を夢見て、生体信号で機械を操作する研究や、生体模倣によるロボットシステムの研究を行ってきた。

  • 株式会社メルティンMMIは、人類と機械が融合し融け合うことを意味する“メルト”“イン”を意味しており2013年に設立。 生体信号を解析することによってアーム、ハンドを操縦する技術を備えたロボットを開発しており、Brain Machine Interface(脳と機械をつなぐインターフェース)に代表されるサイボーグ技術の実現を目指している。

  • 今年3月に発表されたアバターロボット「MELTANT-α」は、卵を割らずに持ち上げたり、ペットボトルのキャップをはずしたり閉めたりすることができる一方、4キロの重さを持ち上げられる、という人間の手の器用さと力強さの両面が実装されている。地球の2/3周を経由した遠隔操作にも成功するなど、独自の技術が進化中である。

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 サラリーマンと学生が「趣味の宇宙開発」

 

リーマン・サット・プロジェクト

 嶋村 圭史氏  加藤 学氏 

 

  •  
  • 嶋村圭史氏 リーマン・サット・プロジェクト 技術部長、および開発プロダクトマネージャー

    1979年 岡山県出身、倉敷芸術科学大学大学院 産業科学技術研究科計算機科学専攻修了。 本業は鉄道関係のソフトウエア開発。前職は楽器販売店にて販売職を10年間。

  • 加藤学氏 プロジェクトマネジメント、およびシステム設計担当

    1972年 静岡県出身、京都大学大学院 工学研究科精密工学専攻修士課程修了。 本業は都市、駅、ビルにおける人の流れの予測・シミュレーションから、列車、エレベーターの運行の最適化を導き出す技術の研究および開発。

  • リーマン・サット・プロジェクトは、「普段は宇宙開発に関わっていないサラリーマンが身近で誰でもできる宇宙開発を実現させるプロジェクト」がコンセプトの民間団体。現在、様々な業種の230人が参加している。自分たちの手によって地球を回る小型の人工衛星を開発しており完成間近である。

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 「第6回ものづくり日本大賞」「経済産業省 製造産業局長賞」受賞

 サンレイ工機株式会社 代表取締役社長

 津覇 浩一氏 

  •  
  • サンレイ工機株式会社のある「白井工業団地」は、千葉県白井市に位置する内陸工業団地。1966年、千葉県開発公社によって開発・分譲され、1970年から創業を開始する。発足当時は、54haだったが、その後、第1工業団地、第2工業団地と整備され、現在、千葉県最大級の193haになり、製造業、運送業、サービス業など合わせて約300社が入る工業団地である。

  • 白井工業団地内には「高度な技術力」で世界に誇れる企業が多く入っている。一例では、フジテレビ本社の球体に使われている金属建材、東京スカイツリーの展望台に使われている特殊なスチール枠を製造した会社、また、水深8000m以上の深海探索機の開発に関わった会社など。

  • その中で、サンレイ工機株式会社は、独自のロール製造技術を時代のニーズと共に進化・発展させ常に革新的な開発を続けている。口紅のポスター、自動車のカタログ、お札の印刷など発色の美しさと精度の高さを要求される印刷技術において、重い鉄製のロールから軽くて丈夫なカーボンに代えて開発したのが「高性能カーボンロール」である。この技術が評価され2015年「第6回ものづくり日本大賞」及び「経済産業省 製造産業局長賞」を受賞。

  • 他にも同社は、東北復興のシンボル「奇跡の一本松」の枯死した幹を保存するために、中に通す心棒の制作に関わったり、また、モータースポーツの高速回転、耐久性が必要とされる部品を製造し、搭載した車がチャンピオンになるなど、多種多方面で活躍中である。

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 未来の新しいエンジニアの形「ハイブリッドものづくり」 

 日新精機株式会社 

 中村 稔氏 田村 静

  •  
  • 中村稔氏 日新精機株式会社 代表取締役社長
    1974年埼玉県越谷市生まれ、現在44歳。
    25歳の時に、父親が経営する日新精機株式会社に入社し、営業と設計を兼務した後、2016年6月に代表取締役社長に就任する。

  • 田村静氏 日新精機株式会社 技術営業
    埼玉県出身、現在37歳で入社12年目。
    お客様がつくりたい部品を図面に起こし、製造現場に依頼して、金型を完成させるまでを担当している。

  • 日新精機株式会社は埼玉県春日部市にあり、主に金型(ねじやボルトなど)の設計や製作などで業績をあげてきた。以前はほとんどのことを手書きで行っていたが、中村氏が入社後に、データベース構築、図面の電子化を進め、製造手法の電子化も実施した。
    これらが評価され、生産プロセスの改善等が審査基準となっている、中小企業庁の「ものづくり補助金」の対象企業に5年連続で選出された。そこで受けた補助金を活用して、先進設備を積極的に導入し、最新のエンジニアリングを融合した「ハイブリッドものづくり」を行って
    いる

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全自動衣類折りたたみ機開発

セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ株式会社 代表取締役社長

 阪根 信一

  •  
  • 1971年、兵庫県芦屋市生まれ。1999年米国デラウェア大学 化学・生物化学課 博士課程修了。同年、同校Glenn Skinner(博士課程最優秀賞)受賞。

  • 2008年7月、父親が創業したスーパーレジン工業株式会社を引き継ぎ、代表取締役に就任。

    同社は1962年創業、古くは大阪万博のシンボル「太陽の塔」の顔の部分を制作するなど、50年以上にわたりFRP(繊維強化プラスチック)成形のパイオニアとして、国内外を問わず、幅広い実績を持つ。

    近年では、2010 年に「小惑星探査機 はやぶさ」へ部品供給を行い、経済産業省および文部科学省よりプロジェクトへの貢献を称えられ表彰を受けている

  • 併せて、2011年米国でSeven Dreamers Laboratories, Inc.を創業、CEOに就任し、2014年に日本法人を設立。いびきをおさえる医療器具「ナステント」と、ゴルフクラブの「”シャフト部分のみの”オーダーメイド」の2事業を展開している。どちらも阪根氏が発明して開発したものである。

  • また2005年から構想があったという、世界初の全自動衣類折りたたみ機「ランドロイド」は、洗って乾燥まで終わった洗濯物を本体に入れると、ロボットアームが洗濯物をたたみ、種類別に仕分けてくれるというもの。2016年にパナソニック、大和ハウス工業から出資を受け、セブン・ドリーマーズ・ランドロイド株式会社を設立。同社代表取締役社長に就任し、製品化に向けて3社共同で開発が進んでいる。昨年には「laundroid world2017」と題した発表会も行われ、2018年度とされる発売が待ち望まれている。

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「変なホテル」のロボットプロデュース

株式会社hapi-robo st 代表取締役社長

 富田 直美

  •  
  • 1948静岡県生まれ東京都世田谷区育ち。幼少の頃、自宅近くの飛行場で、往来する飛行機やヘリコプターはもとより、黎明期のラジコン、それを操縦する大人の姿にも魅せられる。

    そして東京国際大学商学部入学後、ラジコンカー、ラジコン飛行機の操縦を本格的に始め、トップレーサーとして有名になる。

  • 大学卒業後、1972年株式会社田村電機製作所に入社。その後1988年に入社したアシュトンテート社にて日本法人の社長に就任したのを始めとして、ピクチャーテルジャパン、エンゲージジャパン、レボテックパートナー、パラレルス株式会社他、多くのIT企業で社長を歴任する。

  • その後、2016年ハウステンボス株式会社取締役CTOに就任。 2017年株式会社エイチ・アイ・エス取締役CIO、株式会社hapi-robo st代表取締役社長を兼任。現在は、ハウステンボスCTOと、hapi-robo st代表取締役社長として、ハウステンボスとHISグループのロボット事業を統括。

  • ホテルの受付、バーテンダーなど、ロボットにできる仕事はロボットが行う、「変なホテル」という名前のホテルは、ハウステンボスで開業後、東京にも進出している。現在、ロボットプロデュースの第一人者として活躍中。

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「aibo」の開発!!

ソニー株式会社 AIロボティクスビジネスグループ 事業企画管理部 総括部長

 矢部 雄平氏 と aibo

  •  
  • 最初の『AIBO』は、1999年6月に、世界初の家庭用エンタテインメントロボットとして発売された「ERS-110」。シルバーメタリックな未来的デザインロボットで、18か所の関節をもち、音階の組み合わせによる命令コマンドに応じて、行動したり、感情表現をしていた。

  • その後続々と、最新機能が搭載された新しいシリーズが誕生してきた。 翌年の2000年、ライオンの子供がモチーフとなった「ERS-210」では、約50語を聞き分けて理解する音声認識機能や、写真撮影機能などが新たに搭載された。

  • さらに翌年の2001年には、これまでのAIBOと見かけが全く違う、犬と小熊を合わせたような丸みを帯びた「ERS-311」と「ERS-312」が誕生。アイボリーとグレーの二色があり、色によって初期の基本性格が異なっていた。同年には、パソコン用ソフトウェアも開発、内蔵カメラやマイクからの映像・音声をパソコンに取り込むことや、パソコンからAIBOを操縦することができるようになった。

  • 2003年には、人間と会話ができる “しゃべるロボット” と言われた、「ERS-7」シリーズが人気を得るも、2006年3月に発売を終了して以降、新シリーズの発売はなかった。

  • それからおよそ12年の時を経て、2018年1月11日、戌年のワンワンワンの日に、『aibo』と、すべて小文字表記となって、「ERS-1000」が誕生した。クラウドとの連携、独自のAIの採用、100人もの人を認識して人に応じてふるまう、など、格段に向上した技術のもとでの復活。初回予約分は30分で完売するなど、爆発的な人気となっている。

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孫娘のTwitterから話題に「おじいちゃんの方眼ノート」

有限会社中村印刷所

 中村 輝夫

  •  
  • 有限会社中村印刷所 代表取締役社長。1943年 東京、浅草生まれ。都立工芸高校 印刷科を卒業後、父親が経営する中村印刷所に就職、1978年 二代目社長に就任する

    中村印刷所は、2007年にオリジナル商品の「紙フィルム」を作成し、その高い技術が評価され東京都北区「未来を拓くものづくり表彰」新製品・新技術部門を受賞、さらに、特許も取得している。近年、印刷物のデジタル化が進み印刷業界にとって厳しい時代となっているが、オリジナル商品を開発、作成することで、活路を開いてきた

  • その後、全国でも屈指の技術をもった製本職人のおじいさんを会社に招き、共に試行錯誤の末、2014年に、開いたときに真ん中がふくらまない「水平開きノート」を完成させる。製本職人の孫が、Twitterに宣伝を投稿したのがきっかけとなり、このノートがメディアにとりあげられ、大人気商品になる。

  • 中村氏の明るくさわやかなお人柄と、職人魂にまつわる開発までの話は語りつくせぬほどあり、書籍 『おじいちゃんのノート 下町の職人魂がオンリーワンを生んだ』 として刊行され、人気を博している

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葛飾発!業界最先端の転写シールを開発

株式会社扶桑

 富田暁氏    富田成昭

  •  
  • 富田暁氏 株式会社扶桑 代表取締役社長 

    1940年サハリン生まれ。日本大学獣医学部を中退後、父親が創業した有限会社扶桑マーク製作所(現扶桑)へ入社、1999年代表取締役に就任。様々なファンシーシールを開発、成功している。

     

    富田成昭氏 株式会社扶桑 営業部主任

    1991年東京都葛飾区生まれ。富田暁氏のご子息。
    東京都立葛飾商業高校卒業後、扶桑へ入社するも、高校で学んだ簿記をより深く勉強したいと専門学校へ入学。簿記・情報処理を専攻する。
    卒業後、航空事業を展開する大手企業に就職、3年間勤務する。そして、2015年、扶桑へ再就職、現在は営業・経理・総務関連全般を担当している。

  • 扶桑は、自転車やスキー板につけるメーカー名のシールからスタートし、その後、転写シール、リアルタトゥーシールなど、時代の流れとともに多種多様な商品を展開。

    2012年には布生地に手軽に貼れて洗濯可能な『NDシール』を開発、その優れた特殊印刷技術が高い評価を得て、第11TASKものづくり大賞優秀賞他多数受賞している。

  • 昨年、葛飾区が高齢者の徘徊対策に、区のコールセンターや登録者番号を印刷した『NDシール』を導入。衣服や所持品に貼ることによって、徘徊者の早期発見につなげるという取り組みに活用されるなど、今後も様々な分野での活躍が期待される。

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東京町工場 ものづくりのワ 営業担当リーダー

株式会社今野製作所

 稲葉 真

  •  
  • 株式会社今野製作所 エンジニアリング&サービス部 主査。東京町工場 ものづくりのワ 営業担当リーダー。
    1978
    年神奈川県鎌倉市生まれ、東京都江戸川区育ち。日本大学生産工学部機械工学科卒。
    金型彫刻職人の父を持ち、ものづくりの世界が傍らにある環境で育つ。

  • 大学卒業後、トステム株式会社(現LIXIL)へ入社。大企業で働き、同じものづくりの世界でもこんなに違いがあるのかと驚く。「本当のものづくりは中小企業にあるのではないか」と、同じ想いを持つ今野製作所へ転職。設計から営業まで幅広い業務を担当する。

  • 中小企業は高い技術を持ちながらも、その技能伝承と人材育成が進んでいないと感じ、「それを変え、そこから生まれる新しいビジネスを作り出していきたい」という想いを抱く。2013年足立区・江戸川区の同業種3社で結成した「東京町工場 ものづくりのワ」が誕生。
    今後の町工場のあり方の一つとして注目される。

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ものづくりインテグレータ

株式会社小川製作所

 小川真由

  •  
  • 株式会社小川製作所 営業・技術担当 取締役。1980年11月東京都葛飾区小川製作所の長男として生まれる。慶應義塾大学大学院修士課程へ進学、航空宇宙工学を学ぶ。修士課程修了後、富士重工業株式会社航空宇宙カンパニーへ入社、航空機の開発業務に携わる。

  • 現社長である父の背中を追い、祖父から2代続いている家業を継ぐことを決意し、富士重工業を退職。金属加工に関わるあらゆる業務を町工場で修業した後、2012年小川製作所に入社。

  • 従来のステンレス板金加工に加え、航空機などにも使われる精密機械加工部品の技術も導入。
    エンジニアとしての経験と、町工場で技術以外に培った営業や財務を繋げて一つのものを作り上げる”インテグレータ(統合者)”として、日本のものづくりの未来のため、日々取り組んでいる。

    TOKYO 町工場HUB(東京の町工場の技術を連携し、国内外のものづくりの窓口となる)にも参画中。

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どんな距離でもどんな環境でも楽しく会話<BONX>開発!株式会社BONX

 宮坂貴大

  • 神奈川県川崎市出身。東京大学大学院 総合文化研究科 地域文化研究専攻 修士課程を修了後、2011年ボストン コンサルティング グループに入社する。

  • 学生時代からプロを目指すほどはまっていたスノーボード。起業するアイディアを探している時、サーファーでもあるGoPro*開発者が「波に乗っている自分の姿やそこから見える風景を撮影したい」とGoProを開発した話にインスパイア。スノーボードの世界がさらに広がるような、「耳に装着して、相手と会話することができるウェアラブルデバイスを開発しよう」と決意する。

  • 2014年11月、29才でチケイ株式会社を設立、代表取締役CEOに就任し、201510月、ウェアラブルコミュニケーションデバイス「BONX」を世に発表。
    2016年6月、社名を株式会社BONXと改め、さらに幅広い活用法を求め、日々研究開発を行っている。

    GoPro:小型軽量、耐震・防水設計のウェアラブルアクションカメラ。

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~世界初~魔法の水<液体ガラス>を開発!株式会社ニッコー

 塩田政利

  • 1937年、徳島県生まれ。公共事業関連の会社の立ち上げに関わり、1964年、日建工学株式会社設立に参加。常務取締役に就任する。「コンクリートの寿命は、半世紀程度」という言葉を受け日本のインフラに危機感を覚え、辞職。建築物を長期耐久化させるヒントを探して世界各地をまわり、「常温でガラスを作る技術」を開発する。

  • 1991年、株式会社日興を設立。コンクリート劣化防止国土交通省技術認定を取得、T&Cの防食工法協会会長、クリスタルコンクリート協会会長を経て、2004年、液体ガラスで話題を呼んでいる現在の会社、株式会社ニッコーを設立する。

  • また、翌年には、財団法人日本立地センターと業務提携し、表面処理剤研究会を設立。木材の浸透性塗料の開発と液体ガラスの生産を本格始動。
    コンクリートの強度向上だけでなく、燃えない、腐食しない、シロアリに強い、長期耐久木材が誕生し、林業の活性化にも一役買っている。

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「NHKドラマ『マチ工場のオンナ』原作者」ダイヤ精機株式会社

 諏訪貴子

  • 1971年東京都大田区のゲージ、治工具、精密部品などを扱う、ダイヤ精機株式会社の社長の娘として生まれる。成蹊大学工学部卒業後、自動車部品メーカーに入社。工機部に配属され、部署初の女性エンジニアとしてキャリアをスタートさせる。

  • 結婚を機に退職。先代に請われダイヤ精機へ入社するも、経営方針の違いから2度リストラされる。主婦業・育児に専念していた2004年、父親が急逝し、ダイヤ精機株式会社二代目社長に就任。経営再建に着手し、新しい社風を構築する。

  • 2012年東京商工会議所「勇気ある経営大賞」優秀賞、翌年、日経ウーマンの「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2013」大賞受賞。今月1124日からは著書『町工場の娘』を原作にしたNHKドラマ『マチ工場のオンナ』がオンエアと、あらゆる方面から注目を浴びている。

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「AIと共に未来をつくる!」NPO法人全脳アーキテクチャ・イニシアティブ

 山川宏

  • 1965年埼玉県生まれ。1989年東京大学大学院 理学系研究科 物理学修士課程を修了。この頃、当時流行っていたニューロコンピューティングに衝撃を受けたことがきっかけで人工知能に興味を持つ。

  • 1992 株式会社富士通研究所に入社。人工知能について議論を交わすため、2013年から「全脳アーキテクチャ」という勉強会を中心とした活動を開始。
    参加していたドワンゴの川上会長よりオファーを受け、2014 株式会社ドワンゴ 人工知能研究所 所長に就任。翌年の2015年には、NPO法人 全脳アーキテクチャ・イニシアティブ 代表に就任。

  • 勉強会を始めた当初、少人数を想定していたが、初回から50人の会議室を100人規模に変える等、多くの人から興味を持たれ、現在では約4600人が全脳アーキテクチャのFacebookグループに参加している。

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「空飛ぶ車は夢じゃない!」有志団体CART!VATOR

 中村 翼

  • 1984年東京都世田谷区出身。幼少の頃からフェラーリに魅せられ、慶応義塾大学理工学部機械工学を専攻。流体力学の研究に携わる。
    学生時代、レーシングカーを制作し競いあう「学生フォーミュラ」に参加。代表を務め、理工学部創設者の藤原賞を受賞する。

  • 卒業後大手自動車メーカーに就職し、若者を中心とする深刻な車離れを目の当たりにする。
    「若者や子供をひきつける、夢のある乗り物をつくりたい」という思いから、空飛ぶ車「Sky Drive」の開発に着手、有志活動団体CART!VATORを発足。ビジネスコンテストでの優勝などを経て仲間を集め、現在に至る。

  • 2020年東京オリンピックの開会式で、空飛ぶクルマを使って聖火点灯、2025年に発売、2050年までに誰もがどこでも飛べる時代を目指して奮闘中。

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「AI、ビッグデータ解析のSpecialist」株式会社Sigfoss

 森 英悟

  • 株式会社Sigfoss代表取締役社長。
    北海道大学でロボットや人工知能の研究に打ち込み、博士課程修了後
    1997年日本IBMへ入社。基幹業務システム「SAP」認定テクニカルコンサルタントとして、ERPシステムの設計、構築に従事する。

  • 「グローバルな環境で、ゼロからモノづくりをしたい」と、ノキア・ジャパンへ転職。端末のOS/ユーザーインターフェースの研究開発に従事する。その後ノキア本社(Finland)へ移籍し、伝説の名スマホ「N9」の開発に携わるなど、実績を残す。
    帰国後、2012年「ユニデン」の技術部本部長を経て、代表取締役社長に就任。

  • 「もう一度、現場でエンジニアとして働きたい」と2014年株式会社Sigfossを創立。画像認証システム、ビックデータ解析、AIなど最先端の技術を導入したシステム開発を手掛けている。
    今年6月、IBSとAIによる機械学習を活用した営業支援システムを開発。様々な業界で新たなサービスの展開が期待される。

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モノづくり情報発信基地『Garage Sumida』運営」株式会社浜野製作所

 小林亮

  • 1982年埼玉県さいたま市出身。一橋大学経済学部卒業。在学中、現場主義の中小企業研究のゼミに所属し、インターンシップで訪れた中国・深圳のテクノセンターで衝撃を受ける。
    卒業後、エンターテインメント業界に身を置き、タレントマネジメント、イベント興業、SNSの運用やコンテンツ配信などに携わる。

  • 2012年大学時代にゼミを通じて知り合った、東京・墨田区の精密板金加工、金型製作など部品の加工・製作を行っている浜野製作所に入社。
    2014年墨田区の新ものづくり拠点「Garage Sumida」を立ち上げ、運営代表となる。

  • 最新のデジタル工作機器と町工場の熟練した職人が製品開発や加工を支援。町工場から新しいものづくりを生み出すことを目的としている。
    前々回のレジェンドエンジニア、株式会社チャレナジー清水敦史様「垂直軸型マグナス風力発電機」の開発に関わるなど、未来のものづくりの架け橋として期待されている。

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「ゲームだけじゃない。VRの可能性!」株式会社ダズル

 山田泰央

  • 徳島県出身。13歳のとき、雑誌をただで欲しくてフリーウェアのエンジニアとして活躍。
    ゲームで勝っても負けても必ずPDCAを回していた。その甲斐あって17歳のとき、世界的な規模で大ヒットした某FPSゲームで優勝。
    プログラミングの専門学校を卒業後、フリーランス時代にモバイルコンテンツテクニカルパートナーシップに出品、パズルゲームで大阪府知事賞を受賞。

  • 2011年、24歳で株式会社ダズルを設立。アジア初、VRプロダクトの分析・運用サポートサービス「AccessiVR(アクセシブル)」を開発する。最新のVRゲーム「Rays」は、「VR SPACE SHIBUYA」と「タイトーステーション大阪日本橋店」にあり、最大4人で同時プレイが可能。仲間と協力をしながら遊ぶことができるVRマルチプレイFPSなどがある。

  • 現在2600億円のVR市場が2021年には21兆円市場になるという。どんどんと広がりを見せ、世界中から注目を集めるVR
    将来的には、ゲームだけではなく、様々な分野での活躍が期待される。

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「風力発電が未来を変える!」株式会社チャレナジー

 清水敦史

  • 1979年岡山県生まれ。東京大学大学院修士課程修了後、大阪の大手電機メーカー、キーエンスに入社。工場用センサーの開発に従事する。
    2011年東日本大震災での原発事故の映像に衝撃を受け、「エンジニアとして、エネルギーシフトに革命をもたらす事業を興そう」と決意する。

  • 仕事を続ける傍ら、再生可能エネルギーや発電について研究を始め、風力発電に注目。
    従来のプロペラ型風力発電機は強風や風向きの変化に弱く、強風ですぐに壊れてしまうため垂直軸型マグナス風力発電機」を開発する。
    2013年特許取得後、2014年株式会社チャレナジーを設立。

  • モノづくり限定のビジネスコンテスト「第1回テックプラングランプリ」最優秀賞受賞。
    若い起業家の輩出を後押しするコンテスト「TOKYO STARTUP GATEWAY」ではファイナリストに選出される。
    次世代風力発電機「垂直軸型マグナス風力発電機」の可能性に期待される。

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「世界初!においを可視化」株式会社アロマビット

 黒木俊一郎

  • 東京都日野市出身。1999年アメリカ、マカレスター大学卒業。大学時代は化学・物理を専攻する。卒業後、NECで半導体のエンジニアとして、最先端のプロセス開発を担当。
    その後、ハイテクに特化した投資アナリストとして外資系投資銀行に勤務する。

  • においを感知し、可視化するニオイセンサーに注目し、20142月株式会社アロマビットを設立。ネット販売で香りの伝わらない商品(香水など)に、においの情報をつけることによって販売の幅を広げる。また、商品の変化(劣化や腐敗など)の管理をしたり、においで病気を感知するなど、においを可視化する新分野を確立する。

  • 昨年『トーリロボ』 (菓子メーカーのPRで、松坂桃李をモデルにした小型でニオイ可視化センサーを搭載したロボット) の開発に協力。世界最大級の広告賞カンヌライオンズのメディア部門で、ブロンズ賞を受賞。

  • 将来、ニオイセンサーで植物や動物などとのコミュニケーションを可視化させるなど、その可能性が期待されている

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「驚愕の恐竜エンターテインメント"DINO-A-LIVE」株式会社ON-ART

 金丸賀也

  • 1959年宮崎県生まれ。東京芸術大学デザイン学科を卒業し、NHKにデザイナーとして入社。3年後NHKを退社し、テクノロックバンドの活動を始める。1989年にはヨーロッパ、カナダ、ニューヨークなど海外の音楽フェスに多数出演。日本人パフォーマンスロックバンドとしてオリジナル性を高く評価される。
  • また、音楽活動と並行して美術品の受注製作をし、SONYアートビジネスオーディションにて特別奨励賞を受賞。日本の高い技術を生かしたい、もっと面白いものを作っていきたいという思いを持つようになり、2003年歩く恐竜の構想を開始。2005年株式会社ON-ARTを設立する。

  • 2012年、恐竜制作を高く評価され経済産業省 内閣総理大臣表彰 関東経済産業局管内「ものづくり日本大賞」優秀賞など数々の賞を受賞する。さらに、関東地方発明表彰にて、小企業長官賞も受賞。 その年に、ON-ARTを株式会社化し、制作活動の幅を広げる。

  • 現在、リアル恐竜体験プロジェクト『DINO-A-LIVE』を開催。世界初のリアルな自立歩行恐竜という誰も体験したことのない感動の世界を創り出している。

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「ウェアラブル端末でヘルスケア!」株式会社Moff

髙萩昭範

  • 1977年生まれ。京都大学法学部卒業後、外資系コンサルティング会社A.T.カーニー、メルセデス・ベンツ日本などを経て、独立。
    アプリやWebサービスの立ち上げを個人で関わり、その後、ハッカソンイベントやシリコンバレー訪問をきっかけに、2013年株式会社Moffを設立する。

  • Moffでは、ウェアラブル端末『Moff Band』を幼児向けに展開し、 日米アマゾンで上位にランクイン。

    2017年『Moff Band』を利用し、IoT自律支援サービス『モフトレ』など、高齢者向け、介護・リハビリ分野への展開を開始。『モフトレ』は、「”世界に誇れる豊かな長寿国日本”を実現するビジネスコンテスト―AGING2.0」で、最優秀賞を受賞。

  • 「モフトレ」は、現在、11月にサンフランシスコで行われる「AGING2.0 OPTIMIZE 2017」の出場をかけて、日本代表としてオンライン投票による準決勝に進出している。 (写真:向かって左側が髙萩氏。右側は株式会社Moff プロデューサー 園野淳一氏)

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「光学機器の魔術師」有限会社アイデック企画

 岩下義之

  • 1956年東京都葛飾区生まれ。東京都立航空工業高等専門学校を卒業後、ファイバースコープ・内視鏡の世界的メーカー株式会社町田製作所に入社。

  • 1986年、地元葛飾区に有限会社アイデック企画を設立。光学製品や、医療機器、センサーの設計・製造などを手掛ける。中でも「特殊光学カメラ」の技術は高く評価され、昨年度、葛飾の町工場から生み出される選りすぐりの製品・部品を認定する葛飾ブランド「葛飾町工場物語」に選ばれる。

  • 近年では、水中カメラの開発に重点を置き、全国各地の河川の観察に貢献。2017年葛飾区発の深海探査機「ドボーン」(水深1,000mの深海まで探査ができる探査カメラ)開発プロジェクトに参加する。

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「ロボットと暮らす」ヴイストン株式会社

大和信夫

  • 1963年大阪府生まれ。防衛大学本科理工学部卒業。陸上自衛隊での勤務を終え、倒産した父親のプラントメーカーの再建を手伝うが、31歳で2度目の倒産を迎える。「世界一の会社を作りたい」という思いから営業の勉強をするため大手不動産仲介業者へ転職。

  • 2000年「マツコロイド」を開発したロボット工学者 石黒浩教授を最高技術顧問に迎え、ロボット開発のベンチャー企業「ヴイストン株式会社」を創業。2004年二足歩行ロボットのサッカー世界大会「ロボカップ」へ出場し、見事優勝、5連覇を達成。これをきっかけにロボットの注文が入るようになる。

  • 現在「“こころ”を持ったロボットを世に送り出したい」とテーブルトップサイズのコミュニケ―ションロボット 「CommU」「Sota」など数々のロボットを製作。最近では今話題の6/6創刊デアゴスティーニ「週刊ロビ2」の開発製造にも大きく関わっている。

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越境ECのプロデューサー」村式株式会社

住吉優

  • 1977年広島県呉市生まれ。鎌倉市在住。山口大学大学院理工学研究科を修了後、上京し、大日本印刷株式会社にICカードのセキュリティSEとして入社する。

  •  松下村塾のような身分や年齢など関係なく仲間と楽しく熱く働きたい!と同期5人で「村式」を創業。以降ウェブディレクター・プロデューサーとして数多くのウェブサイトを手掛けている。

  • 主な事業にハンドメイドのギャラリー&マーケット"iichi"暗号通貨を組み入れた新時代の輸出入ECプラットフォーム「&go」を立ち上げている。
    (写真:向かって右側が住吉氏。左側は村式株式会社 ブランディングマネージャー 長内香織氏)

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「ハッカー文化が世の中を変える?!」株式会社Eyes, JAPAN

山寺純

  • 1968年福島県会津若松市生まれ。高校を卒業後上京し、東京ディズニーランドのジャングルクルーズ船長、カフェやファーストフードの店員などフリーターとして過ごし、1993年会津に帰郷する。
  • 通訳翻訳員として採用された会津大学で、当時創成期にあったインターネットの無限の可能性に魅了され、1995年学生たちと共に「Eyes, JAPAN」を創業。VR, AR, ロボティクス、ヘルスケア、セキュリティなど常に先進的なプロジェクトを手掛けている。
  • 震災後、温度・湿度・放射線量を測定できる環境センサーや、近くの店舗やカフェの広告、メニューを位置情報で取得できるLED搭載したシェアサイクル「FUkUSHIMA Wheel」を開発。福島観光事業の復興に大きく貢献している。

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「声優スペシャル~MADE IN JAPAN特集」第2弾

金元寿子

1987年12月16日、岡山県出身。
現在、ぷろだくしょんバオバブ所属。
代表的な出演作品は『侵略!イカ娘』のイカ娘、『スマイルプリキュア!』の黄瀬やよい / キュアピースなど。

 

谷口廣次郎

バンダイナムコグループ傘下の日本のアニメ制作会社「株式会社 サンライズ」プロデューサー。

 

 

堀内賢雄

1957年7月30日、静岡県出身。
現在、自らが設立したケンユウオフィスの代表取締役。
代表的な出演作品は『機動戦士ガンダムΖΖ』のマシュマー・セロなど。

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「声優スペシャル~MADE IN JAPAN特集」第1弾

古川登志夫

1946年7月16日、栃木県出身。
現在、青二プロダクション所属。
代表的な出演作品は『ドラゴンボール』のピッコロ、『うる星やつら』諸星あたるなど。

 

山口勝平

1965年5月23日、福岡県出身。
現在、劇団21世紀FOX所属舞台俳優、芸能プロダクション悟空代表。
代表的な出演作品は『ワンピース』のウソップ、『名探偵コナン』の工藤新一など。

 

堀内賢雄

1957年7月30日、静岡県出身。
現在、自らが設立したケンユウオフィスの代表取締役。
代表的な出演作品は『機動戦士ガンダムΖΖ』のマシュマー・セロなど。

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「宇宙ステーションをもっと身近に」株式会社ラグランジェ

市川智洋

  • 東北大学理学部を卒業し、その後、東工大の総合理工学研究科を終了。
    リクルートグループを経て、1992年より『有人宇宙システム:JAMSS』に入社。
  • 2003年のスペースシャトル・コロンビア事故の影響で、ISSの完成が大幅に遅れることになったこと、 加えて12年の間に、宇宙実験の意義などに疑問が生じたため、
    一度外から宇宙事業を見つめたいと考え、転職。
  • 2007年、株式会社ラグランジェを設立。
    2009年、日本の宇宙実験棟『きぼう』が完成し、本格的な宇宙実験がはじまった頃、
    『日本宇宙フォーラム:JSF』に入り、再びJAXAが進める宇宙実験に携わる。

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「3Dコンテンツクリエーター」 3DSurveyplus合同会社
堂城川 厚

  • 2002年から日本でいち早く3Dレーザースキャナを使い始め、
    300件以上のプロジェクトを経験。デジタルカメラを使った画像処理、
    3D映像コンテンツの制作を幅広く手がける。
  • 震災直後から福島第一原子力発電所復旧緊急作業に従事し、
    1号機から5号機建屋内の3DレーザースキャニングとパノラマVR撮影を現在も継続し実施。
    特殊な作業に対応するため、3DCADを使いオリジナル機材を多数開発、
    3Dプリンタを使った自社製作も行っている。
  • 2012年からドローンを導入し2015年より本格的にビジネス参入を開始。
    2016年 ヨコスカクリエイターズ事業協同組合 代表理事に就任。
    ドローンクリエーションヨコスカ 代表を務める。
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「ブログやSNSで顧客数を1000倍にした」 株式会社ミナロ
緑川賢司

  • 2002年8月、二十歳から15年間勤めた木型製作所が閉鎖に追い込まれ、同業種の株式会社ミナロを起業。「情報発信、BtoC、連携連帯」をキーワードに、中小製造業の世界で、いち早くブログやSNSを取り入れ、顧客数を1000倍にした。
  • 2012年に『全日本製造業コマ大戦』を立ち上げ、現在までに全国150ヶ所以上で開催。
    参加チームも全国の中小製造業者を中心に延べ3000チームを超える。
  • 2015年2月には『世界コマ大戦』を開催し、7カ国の海外チームが参戦する等、世界を巻き込む一大プロジェクト事業に発展した。
  • 2016年3月、新会社Ocasila inc.を立ち上げ、「価値ある日本製を世界に通ずるハイブランドにする」をビジョンに、これまでに培った圧倒的な製造業ネットワークを元に中小企業の技術・製品を世界に向けて展開している。
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「ばねでPPAP?!」五光発條株式会社
村井秀敏

  • バネメーカー社長の長男として生まれ、大学卒業後、プラスチック成型の会社に就職。
  • 2010年に事業を引継ぎ、代表取締役社長に就任。
  • 試行錯誤の末、ばねを使ったおもちゃ“SpLink”(スプリンク)を発案するなど、
    精密ばねの新しい形を世に問うことに成功する。
  • 現在、タイ・ベトナム・インドネシアなど海外にも進出し、
    日本のものづくりを世界に広めることに情熱を注ぐなど、世界中の子供、大人にワクワクを与えている。
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メディアアーティスト
八谷和彦

  • 1966年4月18日 <発明の日> 生まれ。
    九州芸術工科大学(現九州大学芸術工学部)画像設計学科を卒業。
  • 1997年テディベアがメールを運ぶ夢を見たことから、愛玩メールソフト「ポストペット」を開発。
    インターネットの普及に大きく貢献する。
  • また、農家の人々が手作りロケットを打ち上げる秩父のお祭り“龍勢”に刺激され、もっと面白いものを作りたいと一念発起。
  • 宮崎駿監督のアニメ「風の谷のナウシカ」で主人公のナウシカが操る飛行具「メーヴェ」を製作しようと「Open Sky Project」を発足する。
    10年がかりで実際に「メーヴェ」を製作、自らが飛行を実現し、世界中を驚かせた。
    正に夢を夢でなくする発明系アーティスト。今後の作品も注目されている。
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「プリント基板ネット通販のパイオニア」 株式会社ピ-バンドットコム
田坂正樹

  • 起業志向が強く、大学在学中に独立志望の学生が集まるスクールに通学。
    大学卒業後、㈱ミスミへ入社し、インターネット通販事業の立ち上げに携わる。
  • 2002年株式会社インフロー(現ピーバンドットコム)を設立し、日本で初めて、プリント基板の通販運営を手掛ける。
  • 「高品質、短納期、低価格」で提供することにより、研究開発費の大幅な予算削減と開発期間の短縮化に寄与し、業界から大きな脚光を浴びている。
  • 2009年からものづくり支援プログラム電子工作コンテスト「GUGEN」を毎年主催、電子電機業界の発展に貢献している。
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「リアル下町ロケット」株式会社 由紀精密
大坪正人

  • 東京大学大学院工学系研究科修士課程を修了後、父が経営する株式会社由紀精密に入社。
  • 電子関連製品のネジ作りを専門としていた同社の経営改革を主導し、航空・宇宙や医療機器分野に進出。“21世紀型町工場”として国内外の注目を集めている。
  • 小型ロケットや人工衛星の部品作りなどを請け負い、宇宙航空研究開発機構(JAXA)からの依頼も多い。
  • 2011年、世界最大規模の見本市「パリ航空ショー」に単独出展。2013年には多摩美術大学・東京大学と協力し、3Dプリンターを用いた超小型人工衛星「ARTSAT-2」を開発。2014年から大塚製薬などと協力し、 民間企業初の「月面到達プロジェクト」に参加。月面に届けるカプセルの設計・製造を担当している。
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宇宙飛行士
山崎直子

  • 日本人女性2人目の宇宙飛行士。
  • 15才の時スペースシャトル・チャレンジャー号の事故を受け、亡くなった搭乗員達に代わり、宇宙の素晴らしさを伝えたいと宇宙飛行士を志す。
  • 東京大学大学院航空宇宙工学専攻修士課程を修了後、NASDA(現・宇宙航空研究開発機構:JAXA)に入社。1999年ISS(国際宇宙ステーション)に搭乗する宇宙飛行士の候補者に選定される。
  • 2010年スペースシャトル・ディスカバリー号に搭乗しISSへの物資輸送等15日間のミッションに参加。2011年、JAXA退職後は内閣府の宇宙政策委員会委員や立命館大学客員教授などを務めている。
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下町ボブスレープロジェクト委員長
国廣愛彦

  • 大手アパレルメーカーの営業を経て、株式会社ハーベストジャパンへ入社。
  • その後アメリカでの専門商社勤務を経験し、2009年、株式会社フルハートジャパン代表取締役に就任。
  • 2012年「大田区産業振興協会」の発案で「下町ボブスレープロジェクト」が始動し、委員長に就任。東京都大田区の町工場が中心となって国産のそりを製作し、オリンピックを目指す。
  • 2016年にはジャマイカチームに採用され、2018年韓国ピョンチャン五輪を共同で目指すことが決定している。
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民間月面探査team HAKUTO代表
袴田武史

  • 1979年生まれ。HAKUTO代表、株式会社ispace 代表取締役。
    名古屋大学工学部を卒業後、米ジョージア工科大大学院で航空宇宙工学修士号を取得。
  • 帰国後、経営コンサルティング会社を経てispaceを創業。
  • 2010年から民間月面ロボット探査レース「Google Lunar XPRIZE」に日本で唯一参戦するチーム「HAKUTO」を率いて参戦中。
  • 同チームの運営母体であるispaceのCEOとして、宇宙と地球が共存する世界を構築するための宇宙ロボット技術を活用した民間宇宙事業を推進中。
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日本火星協会村川恭介 ISS管制官森山枝里子

  • 【村川氏】
    宇宙建築分野の専門家。
  • 日本で建築設計の仕事に従事した後アメリカに渡り、宇宙システムエンジニア修士を取得。学生時代はNASAや米国大手宇宙企業の研究者たちとともに宇宙ステーション、月面基地、火星基地などの宇宙建築の共同研究に参加。宇宙産業、宇宙技術動向、宇宙ステーション商業化等の調査研究で多くの実績を持つ。 現在は、宇宙で人間が生活するための宇宙居住施設の研究を行っており、宇宙分野から新しい建築概念を生み出している。
  • 【森山氏】
    アリゾナ大学で天文学を専攻し、国際宇宙大学にて修士を取得。
  • 卒業後は宇宙システム開発株式会社にて、国際宇宙ステーション(ISS)の実験運用管制官として勤務している。2015年、火星居住模擬実験施設に参加し、天体観測、システム評価検討などを行った経験を持つ。
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宇宙ビジネスコンサルタント
大貫美鈴

  • スペースアクセス株式会社 代表取締役。
  • 清水建設宇宙開発室に勤務後、ボストン滞在中に米国各地の宇宙ベンチャー企業の躍動感に衝撃を受ける。
  • JAXA(宇宙航空開発研究機構)での勤務を経て独立。
  • 現在は宇宙ビジネスコンサルタントとして、宇宙起業家養成講座の講師や、宇宙での衣食住遊、宇宙ファッション、宇宙ウェディングなどを通して身近な宇宙を広めるためのプロジェクトに参画。
  • 著書に「来週、宇宙に行ってきます」、「宇宙で暮らす道具学」(共著)など。
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サービスロボット開発
中川友紀子

  • 1998年から科学技術振興機構ERATO(戦略的創造研究推進事業)「北野共生システムプロジェクト」研究員となり、2001年より日本科学未来館 展示企画グループサブリーダー、2003年、株式会社イクシスリサーチ取締役に就任。
  • 本田技研工業の人型ロボット「ASIMO(アシモ)」のデモンストレーションに加わるほか、学術界主導のロボットによるサッカー競技「ROBO CUP(ロボカップ)」
  • ホビーロボットが格闘技で争う「ROBO-ONE(ロボワン)」の第1回大会開催など、ロボット黎明期に関わる。
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ロボットクリエイター
高橋智隆

  • 次世代の携帯情報通信端末にして二足歩行が可能なヒューマノイドロボットRoBoHoN (ロボホン)の開発者。
  • その他の代表作にロボット宇宙飛行士「キロボ」、デアゴスティーニ「週刊ロビ」、グランドキャニオンを登頂した「エボルタ」などがある。
  • 世界最大のロボット競技会「ロボカップ世界大会」で5年連続優勝。
  • 2004年に開発した中腰にならずスムーズな二足歩行を実現した「CROINO(クロイノ)」が、アメリカ「TIME」誌で「もっともクールな発明」に。また、「ポピュラーサイエンス」誌では「未来を変える33人」に選定された。
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